診療Column

下顎軟部組織(唇、皮膚)の形成

今回のコラムの内容は一匹の不幸な野良猫が保護されてから、新しい飼い主さんと暮らせるようになるまでのお話です。

お若いカップルの方が元気のない野良猫を抱えて来院いたしました。屋外の駐車場で弱っている猫を保護したそうです。ここまではよくあるお話ですが。。。

この猫さん、一見して尋常ではありませんでした。まず、下あごの皮膚と皮下組織がまるで服を脱いだように垂れ下がっており、下顎骨が大部分露出していました。たくさんの出血流涎(ヨダレ)によって砂粒や食べ物の汚れがその皮膚と下あごにこびりついており、かなりひどい状況です。(とても画像で公開できるものではありませんのでここでは省略いたします。)

とにかく、蜘蛛の糸のような救いの手により動物病院にたどり着くことができたのは、この猫にとっては偶然の織り成す幸運であったと思います。道行く人たちは、この猫の風貌を見るや否や目を背け、後はどうなろうと見なかったことにするでしょう。ほぼすべての人がそうであろうと思われます。

きっと何日も充分な食事を採れなかったのでしょう、ガリガリに痩せているだけでなく重度の脱水があり、かなり衰弱していました。野良猫として生きていくうえで、進退窮まった状態とはまさにこういう状況です。しかし、とにかく治療の扉は叩かれました。

野良猫が病院に連れてこられた場合に起こるその後の問題も山積です。このような状態でリスクも高く、手術も念頭に置かれるような長期の治療が必要になるようなことが判明した場合、保護された方は治療はもちろん、面倒見ることさえも難しいということが残念ながら多いものです。そういった場面では、獣医であれば例外なく、その後の選択に苦慮し忸怩たる気持ちにいたることを数多く経験します。

ところが、今回はそうではありませんでした。。。

保護された方はだいぶ悩まれたとは思いますが、「最終的にご自身で引き取られて面倒を見るので、最適な治療を最後までお願いします」、とおっしゃいました。

その決断に獣医師として、まさに身の引き締まる思いがしました。この後に予想される経過やリスクなど非常に不確定な要素が多く、こちらから恐る恐る投げたボールが、すごい直球となって返って来たような感覚です。

とにかく何とかしなくてはならない。。。

皮膚を失い、血液滲出液(滲み出る体液)などで汚れの付着した組織に対しては、まず最初の治療の一手として、生理食塩液での高圧洗浄を行います。こうすることで、侵入してくる細菌などを除去するのですが組織に食い込む細かいゴミ砂粒などは何度も洗浄を行わないと除去することができません。

数日間は組織に強固に付着した汚れや感染との戦いです。抗生物質を使いながら、何度も洗浄をかけて自然な肉芽組織(新鮮な皮膚の下地となる組織)の成長を待ちます。

治療開始から2週間以上の期間をかけて、もちろん食事の際の介助は必要ですがネコさんはだいぶ元気食欲を回復し、幸運なことに病院や医療スタッフにも慣れてくれました。(これは病気やケガの回復にとって非常に重要な要件です。)

このころになると患部は肉芽組織によって、次第に露出した下顎骨が覆われていきます。骨からはがれて垂れ下がっていた皮下組織もきれいなピンク色の肉芽組織で覆われるため、健康なネコらしく風貌も改善してきました。ある程度、自力で食事をとることもできますが、やはり下唇がありませんから飼い主さん、ネコさんともにヨダレと汚れの戦いは続いています。

治療を開始してから3週間経過しました。患部の状態はだいぶ安定しつつあり、ようやく下顎軟部組織形成手術を行える条件が整いましたので、後日手術を実施いたしました。

以下に手術時の画像を載せました。

写真は色調を抑えておりますが、一般の方にはかなり刺激のある可能性のある画像です。御覧になる際は充分ご注意ください。

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下の写真は麻酔をかけた状態で毛を刈り、患部を正面から見たところです。が露出していたところにははピンク色の肉芽組織で覆われています。外傷後の経過が長いため、皮膚組織が収縮して唇が上にめくれてしまっているため、最適な場所にを作るためにメスを入れる前に最適な切開部位と理想的な縫合の状態をイメージします。

DSC_5328.JPG

皮膚の境目のような場所を皮膚粘膜移行部といいますが、この組織一度破壊されると再生しません。ヒトの交通事故などでの唇損傷の再建が難しいのも同じ理由です。今回は幸いなことにこの大事な部位が半分以上残存しておりましたので何とか形成できそうです。

DSC_5324.JPG

まず、左下唇(写真では右上)の粘膜面右歯肉粘膜面を連続させるためにその間を埋める余分な肉芽組織を除去してお互いを縫合します。中央部から右側では唇の粘膜移行部が欠損しているので切れ込みを入れて長さを調整します。

DSC_5330.JPG

右唇は中央部から口角付近にかけて皮膚粘膜移行部が欠損していますので、完全な縫合はできません。皮膚歯肉粘膜を縫合して唇の形を整え、皮膚の引張りの強い部分は犬歯にワイヤー固定して皮膚と粘膜が接着しやすいように支持しました。

DSC_5333.JPG

手術後は痛みと新しいに違和感や不慣れなところがあるのか、ぎこちない状態でしたが、持ち前の野良猫パワーにより食欲はすぐに出てきました。

手術前にはがありませんから、ヨダレで下顎がぐちゃぐちゃでしたが、今ではそれも嘘のようです。食事の量も増えて、みるみるうちに体重も1キロ以上増えていきました。ここまで来ればもう心配ありません。下の写真は手術後20日目の写真です。下顎骨粘膜皮膚がきれいにくっついてきました。

DSC_5560.JPG

下の2枚の写真は手術後3か月目のものです。よく観察しないと健康な猫さんと風貌も食べ方も区別ができないほどに回復しています。外見上も唇の皮膚粘膜移行部歯茎とうまく接着し、満足いく治療結果が得られました。

とても長い治療でしたが、一件落着です。。。

DSC_5811.JPG

この猫ちゃん、今はかわいい名前ももらって、何の問題もなく命の恩人の新しい飼い主さんと幸せに暮らしています。。。     よかったですね。

DSC_5814.JPG

最後に。。。

そのままであれば人知れず、消え去っていたであろう小さな命。その命に対する慈愛のこころと出会いを人生の上で大切なものだと受け入れていただける方々。

小さな命は永らえ、それを見守る人のこころはより豊かになる。

微力ですがそういったことに、少しでも関わり、お役に立っていきたいと思っております。

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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍

2015.08.10

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