しっぽ

クッシング症候群

>>>犬のクッシング症候群とは?

クッシング症候群とはもとを辿れば人間の病気の名称であり、ヒト医療では稀な難病という扱いを受ける病気です。一方、犬でのクッシング症候群は人間とは発生頻度が大きく異なり、老齢期にしばしばみられるホルモン異常としてよくみられる内分泌疾患のひとつとして知られています。クッシング症候群副腎と呼ばれる臓器の過剰な働き(=ホルモン分泌)によって生じる病気のことです。

副腎は左右の腎臓の少し頭側に対をなして存在し、犬では全長おおよそ1センチ超の「ピーナッツ」、「ひょうたん」のような形をしているとても小さな臓器です。副腎という臓器はあまり一般的でない上に、その名称からは腎臓の補助のような印象を受けると思いますが、実は腎臓とは独立した存在です。副腎は数多くのホルモンの分泌を行っており、その実態はさまざまな生存に必須な重要な機能を調節を担っているホルモン分泌臓器です。

副腎の構造は「玉ねぎ」のような構造になっており、各々の層から種類の異なるステロイドホルモンが分泌されています。外側から順番に球状帯束状帯網状帯と呼ばれる副腎皮質と、いちばん内側の副腎髄質と呼ばれる構造に分かれています。

クッシング症候群(はこのうち、副腎皮質束状帯から出る糖質コルチコイドの過剰生産により起こる病気です。このため、副腎皮質機能亢進症とも呼ばれています。

糖質コルチコイド(グルココルチコイド)とは体が分泌する数多くのステロイドホルモンのひとつで、「女性ホルモン」や「アドレナリン」となどと同じグループに属するホルモンです。「糖質」という名前にもあるように食べ物から摂取され、体がエネルギーとするグルコース)の代謝を担っています。糖質コルチコイドの作用する組織や臓器はほぼすべてと言えるほど広範囲にわたっており、糖代謝だけではなく、炎症反応の調節をはじめとして体の幅広い調節機能に関わっています。

糖質コルチコイドが多すぎる場合にはをはじめとするさまざまな物質の吸収・分解・排泄などの代謝に異常が起こったり、体をかたちづくっている組織が分解される異化亢進がおこり、血糖値が正常に維持できなくなったり、免疫機能が低下して病原体による感染を起こしやすい状態になります。

———————————————-
クッシング症候群の分類は?

クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症)副腎そのものが腫瘍化して自律的にコルチゾール分泌が増える副腎腫瘍(AT:adrenal tumor)と、下垂体の腫瘍などにより、コルチゾールを調節する副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が持続的に過剰分泌されることで起こる下垂体性副腎皮質機能亢進症(PDH:pituitary-dependent hyperadrenocorticism)に大別されます。

犬のクッシング症候群のうち約8~9割がPDHであるといわれています。

その他に、医原性クッシングという、その他の病気の治療によりプレドニゾロンをはじめとする副腎皮質ステロイド製剤を長期にわたる薬剤の副作用としてクッシング症候群と同様の症状がつくりだされてしまうこともあります。

 

>>>クッシング症候群の症状は?

クッシング症候群は特徴的な症状があってはじめて診断されます。例えば、95%以上の犬で多飲多尿が認められ、80%以上で何らかの皮膚症状(薄い皮膚、脱毛、切開沈着、皮膚感染症、石灰化)が見られると言われています。その他には、筋力の低下、肝臓の腫大や脂肪の増加による腹部の膨満、呼吸速迫などがあります。

また、血栓肺動脈につまって肺塞栓症を起こしてパンティングから呼吸不全に至る呼吸不全を起こすことがあります。また、糖尿病・膀胱炎、下垂体の腫瘍が大きくなって、脳に圧迫を生じて起こる神経症状が見られる場合もあります。

 

>>>クッシング症候群の診断は?

クッシング症候群の犬のほとんどが典型的な症状を示すため、検査に進むにあたっては、まずこうした臨床徴候が出ていることを確認することが重要です。さらにその上で、一般的な血液検査を幅広く行い、そこでみられる異常と照らし合わせながら診断を進めていきます。

さらにクッシング症候群診断を進めるために行うために必要な検査は、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を投与前後の糖質コルチコイドの一種であるコルチゾールを指標として副腎皮質機能の評価を行うACTH刺激試験を実施したり、合わせて実施する副腎への超音波検査腹部レントゲン検査などの画像診断により総合的に判断します。

副腎腫瘍(AT)の場合、画像検査では副腎の片側が不釣り合いに腫大していることが多く、下垂体性PDHの場合は左右両側が同じように腫大しているのが一般的です。腹部レントゲン検査では腫大した副腎が硬い組織に変化する石灰化がみられることもよくあります。
一般的な画像検査で左右両側性に腫大が見られた場合はまず、PDHを疑い、可能な限りMRICT検査をして下垂体のサイズを評価したうえで、治療に移行するべきです。

 

>>>クッシング症候群の治療は?

基本的には、下垂体(視床下部)ないしは副腎腫瘍化してしまうことにより生じるため、外科治療根治療法となりますが、動物医療における脳外科手術は一般的ではないため、ほとんどのクッシング症候群では生活の質(QOL)の向上による健康寿命の延長を目的とした内科療法による管理を行い、この病気により起こる可能性のある合併症診断・治療ないし予防をおこなうという選択がなされます。
内科療法に用いる薬剤は以下のものが代表的です。

トリロスタン
ステロイドホルモンが体内で合成されるために必要なある種の酵素(3β‐ヒドロキシステロイド脱水素酵素)の作用を妨害して、ステロイドホルモン分泌を少なくする作用があります。早期に効果を発揮して副腎組織には影響を及ぼさないため、重大な副作用がより少ないとされている薬剤です。治療効果を発揮する薬の投与量の幅が大きく、一律に定めにくい薬剤です。

ミトタン(op’-DDD)
副腎皮質を直接破壊、萎縮させる強い作用を持つ薬物です。ミトタンの長所はステロイドホルモンの中で糖質コルチコイド分泌のみを減らすという選択制が高いことと、ホルモンを分泌する組織そのものを破壊するため強い作用が期待できます。クッシング症候群の原因が副腎腫瘍である場合には「抗がん剤」のような使われ方をします。
ミトタンの作用により副腎皮質が過剰に破壊されてしまうと、その回復には長時間がかかります。つまり、糖質コルチコイドが充分に分泌されない致命的な副作用が長期にわたり継続してしまう危険性を孕むため、注意が必要です。また、ミトタン副腎皮質に蓄積されて作用を発揮するためにその作用は遅く、症状の改善に1~3週間を要し、薬の量を臨機応変にコントロールしにくい薬剤です。

●ケトコナゾール
トリロスタンと同じようにある種の酵素(チトクロームP450)を邪魔することにより、ステロイドホルモン合成を抑制します。この薬剤は本来はカビによる皮膚病などの治療を行う抗真菌薬です。他の薬剤と比較して作用は弱く効果は高くありません。

塩酸セレナギン・カベルゴリン
この2つの薬剤は本来は人間のパーキンソン病治療薬として使われています。
塩酸セレナギンドパミンという脳内伝達物質を分解するある種の酵素(モノアミンオキシダーゼ)を邪魔する薬剤です。カベルゴリンドパミン作動薬という薬剤ですが、どちらも最終的に脳内のドパミンによる作用を強め、結果的に下垂体から放出される副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)を抑えて副腎からの糖質コルチコイドの放出を減少させます。これらの薬物の使用頻度はあまり高いものではありません。

クッシング症候群の”食欲が増えた”、“水を飲む量が増えた”という症状は好意的に解釈されていることが多く、飼い主にとってはそれが病気のサインであるということを認識しづらいために来院理由となりにくいこと、加齢に伴ってゆっくりと進行するため、病状が進行するまで診断されないということがしばしば起こります。
このため、クッシング症候群高齢期健康診断などで問診身体検査血液検査での特徴的なパターンから獣医師からの指摘により発覚するケースが多い傾向があります。

しかし、糖尿病膀胱炎皮膚炎などに罹患しやすくなったり、病状が進むにつれてふらつきや発作、失明などの神経症状がでたり、最悪の場合、肺血栓症で呼吸困難で突然死したりすることもあると言われています。

早期発見・早期治療が大切になってきますが、外科治療を含め内科治療であっても高額な費用となる病気です。どの方法が本人およびご家族にとって一番いいかきちんと話し合ってから治療に進むことが大切です。

———————————————-

文責:あいむ動物病院西船橋 獣医師 西村 瞳

AIM ANIMAL HOSPITAL NISHIFUNABASHI
上部へスクロール