>>>犬の子宮蓄膿症とは?
この病気は名前の通り、子宮内に膿が蓄積されて起こる病気、つまり細菌感染症です。発情期を過ぎたあたりから膣から子宮の中に主に大腸菌、ブドウ球菌などの細菌が入り込んで生じる子宮内膜炎が引き金となります。
子宮内の細菌感染が体の防御の仕組みを上回った場合、炎症で生じた膿が子宮内に大量に蓄積したまま排泄できなくなります。さらに菌そのものや、細菌がつくる毒素が体の中にめぐり、最終的には敗血症や腎、肝不全をはじめとする多臓器不全などの合併症から危険な状態に陥ります。また、その過程で拡張した子宮に穴が開いて膿が腹腔内(お腹の中)に漏れたり、破裂して致死性の腹膜炎を生じてさらに緊急化することもあります。
子宮蓄膿症はおおよそ6歳以上の不妊手術を受けていない雌犬に4頭に1頭程度の高い確率で生じる病気です。特に中高齢犬で、今まで出産したことがない犬または長く繁殖を停止している犬に多いとも言われています。
下の写真は小型犬(約7kg)の子宮蓄膿症の手術写真と子宮内の膿を注射器で吸引したものです。膿は腐敗臭を発していました。
子宮蓄膿症は犬の体重が増えると共にかなり大きくなる可能性があります。大型犬では摘出した子宮の重さが1~2キロ程度まで達することもよくみられます。
>>>子宮蓄膿症の原因は?
子宮蓄膿症の原因は、発情後1~2か月間の黄体期に出される黄体ホルモン(以下プロジェステロン)にあるといわれています。実は、このプロジェステロンには細菌感染の温床になる子宮内膜の増殖、子宮の出入り口となる子宮頚管を閉ざす役割、さらに体の免疫力を下げてしまう働きがあり、これらの要因が組み合わさって子宮蓄膿症が生じます。
排卵後には犬の体は妊娠、出産の準備のため黄体ホルモンが分泌され始め、これが子宮壁の嚢胞性過形成(子宮内膜が分厚くなり、水膨れしたような状態になること)を引き起こします。この状態の子宮粘膜は細菌感染しやすい環境になっています。
通常、子宮内に入り込む細菌は体の仕組みで自然に排除されますが、黄体期には精子を受け入れられるよう緩んでいた子宮頚管が閉ざされるため、細菌感染が生じやすくなってしまいます。
さらに高齢やプロジェステロンの影響で免疫力の弱った子宮内では細菌の増殖に歯止めがかからず子宮内膜炎などの炎症により溜まった膿は排泄され難く、蓄積して子宮蓄膿症となってしまうのです。
>>>子宮蓄膿症の診断は?
中高齢で発情が見られた1~2か月後に「最近やたらと水をガブガブ飲むようになった」、「元気・食欲がない」、「おなかが膨らんできている」、そういった飼い主さんからの「分かりやすい」訴えがあれば即座に子宮蓄膿症を疑います。もちろん、中にはなんだか調子が悪い、だるそうなどという不定愁訴的なものも含まれますので診断には注意が必要です。
子宮蓄膿症の診断は、上記のような症状に伴って膣からの膿の排泄があれば、超音波検査やレントゲン検査により拡張した子宮の確認をすることで容易に診断が可能です。しかしながら、症状があまりみられない場合や膣からの膿の排泄がない場合には超音波検査を行うという判断にまで至らず、子宮蓄膿症であるという判断が難しいことがあります。
また、子宮蓄膿症に類似の病気として、子宮水腫・子宮粘液症という子宮内に膿ではない体液や粘液状のものを貯まってしまう病気があり、これらとの鑑別が必要になることが多々あります。特に子宮蓄膿症に伴うはっきりとした病歴や症状がなく、レントゲン検査や超音波検査で子宮内に液体の貯留がみつかった場合には画像検査の上で子宮蓄膿症との区別が難しいことが時折みられます。
こうした場合には血液検査を実施して白血球数を測定して白血球(好中球、リンパ球、好酸球、単球などが含まれます)を分類して好中球に強い炎症の証拠があるかどうかを評価したり、CRP等の炎症マーカーの測定を行い子宮蓄膿症とその他の子宮疾患の鑑別診断を行います。
>>>子宮蓄膿症の治療は?
子宮蓄膿症と診断された場合の多くが早期の治療介入を求められます。根治のための唯一の方法は卵巣子宮摘出術を行って、外科的に膿がたまった子宮を取り除くことしかありません。しかしながら、子宮蓄膿症に伴った様々なレベルの合併症を生じていることも多く、通常の卵巣子宮摘出術(不妊手術)と比べて非常にリスクの高いものとなりがちです。
合併症には軽い脱水程度の軽度のものから、腎不全、肝不全、重度の貧血や低たんぱく血症(低アルブミン血症)、血液凝固不全、腹膜炎などの生命に影響があるレベルまで、様々な合併症の組み合わせが見られます。
また、摘出された子宮内の膿にはおびただしい数の細菌が含まれておりますが、近年の動物医療での抗生物質の濫用傾向により、抗生物質に対して高度耐性(抗生物質が非常に効きにくいか無効)の細菌が増えています。このため、使用する抗生物質の細菌に対する効き方を判定するために細菌感受性試験が必須になってきています。
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近年、黄体ホルモンの働きをブロックすることを目的とするアグレプリストン(商品名Alizin「アリジン」、ビルバック)が画期的な薬剤として欧米で承認を受けて使用されるようになってきています。以前は薬剤による治療はほぼ意味をなさないものでしたが、この薬の登場でようやく子宮蓄膿症の内科療法が選択できるようになったといえるのではないでしょうか。
しかし、残念なことにAlizin「アリジン」は現在、日本国内での承認が得られておりません。つまり、どの動物病院でも手軽に購入、利用できるものではありませんが、一部の動物病院では海外から独自に調達したものを利用可能な場合があります。(当院ではスイスから入荷しております)
この薬剤は単独でも充分な効果がみられますが、さらに子宮頚管を開いて子宮の収縮力を高めることによって膿を排泄させる作用のあるプロスタグランジン製剤を併用する方法があり、両者の組み合わせでより高い治療効果を期待できます。
>>>子宮蓄膿症の予防は?
この病気は膿がたまる場所をなくすこと、つまり不妊手術によって100%予防できる病気です。ある種の病気を「完全に予防できる手段がある」ということは通常はあまりないことです。
子宮蓄膿症の手術は不妊手術で行われる卵巣子宮摘出術と基本的には同じ方法ですから、病気になってからでいいのでは?とお考えになるかもしれません。
しかしながら、病的子宮の摘出、さらに高齢期であればなおのこと、手術そのもののリスクが高くなります。さらに、発見が遅れて生命にかかわるような合併症を起こしていることもしばしば見られますので、不妊手術と同じ条件でできる手術では決してありません。できるだけ好発年齢前の手術リスクがさほど高くない時期に不妊手術を行うことをお勧めします。
また、予防的な外科手術が難しい場合には、発情期の終わりから抗生物質を2週間ほど投与することで、子宮蓄膿症のリスクを下げることができるという報告があります。また、発情後1-2か月で卵巣や子宮の超音波検査を行うことにより、早期発見できる可能性が高まります。
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文責:あいむ動物病院西船橋 獣医師 西村 瞳