>>>犬の甲状腺腫瘍とは?
甲状腺は喉のやや下の左右にあり、甲状腺ホルモンなどを分泌する腺組織です。小さな組織ではありますが、人を含めた動物が生存するために必要な、代謝をつかさどる甲状腺ホルモンを分泌し続けることで、休むことなく代謝のコントロールを行っています。それなしにはすべての細胞、その集合体の組織、生物は生き続けることができないという意味で、甲状腺は生命維持装置のひとつとして極めて重要な役割を担っています。
代謝(新陳代謝)とは、生命を維持、活動させるために必要なエネルギーを「合成」、「消費」、「排せつ」するために細胞内で起こる化学反応の総称です。甲状腺ホルモンはこの反応を活性化させて、細胞のエネルギー産生量を増加させ、代謝を促進させます。その結果、呼吸量や体温上昇などが見られます。
犬の甲状腺腫瘍はビーグル、ゴールデンレトリーバーなどに多いとされていますが、雑種犬でもでも多くみられ、あらゆる犬種で起こります。甲状腺腫瘤のうち犬で最も多いのが悪性の甲状腺癌(甲状腺髄様癌、濾胞状甲状腺癌)であり、人間で多い良性の甲状腺腫などはむしろ稀です。甲状腺腫瘍の発生率は全腫瘍の2%以下と多くありませんが、その多くが悪性でおおよそ半数以上が転移を起こします。
>>>犬の甲状腺腫瘍の症状は?
甲状腺腫瘍(甲状腺癌)は特徴的な症状を起こすことはありませんが、ほとんどが飼い主さんからの「頸部のシコリ」があるという訴えで発見されます。(下写真)
通常は片側にできますが両側の甲状腺が同時に侵されることもあります。頸部にできる腫瘤ですから、大きくなるにしたがって気管や食道を圧迫することによって、咳、呼吸のし難さ、飲みこみの悪さというかたちで症状が発生します。
甲状腺は代謝を活発化させる甲状腺ホルモンを分泌していますが、甲状腺腫瘍の場合には甲状腺ホルモンは正常かむしろ低下していることが多く、腫瘍によって代謝が高まる甲状腺亢進症を起こすことはむしろ稀です。
甲状腺腫瘍は症状の発生があまりないため発見時にはすでに肺転移を起こしていることがありますが、甲状腺がんの肺転移は早期に起こりますが、肺への転移性病変の進行は極めて遅い傾向があり、数年の良好な経過が得られる場合もあるのが特徴です。肺以外には肝臓、腎臓などへ転移を起こすともあります。
>>>犬の甲状腺腫瘍の診断は?
頸部にシコリが触れるという場合、甲状腺腫瘍を必ず疑わねばなりません。こういった場合には頸部の超音波検査で行います。甲状腺があると思われる位置に特徴的な腫瘤がみられた場合には、細胞診を行うことで甲状腺腫瘍の診断をすることができます。
生検の際には超音波検査では周辺リンパ節や隣接する動脈や静脈の評価も同時に行い、がんの浸潤や転移を確認いたします。甲状腺がんは発見時には既にこうした周囲組織への浸潤や肺転移を起こしていることも多いため、胸部レントゲン写真を撮影して肺転移の有無も調べる必要があります。
>>>犬の甲状腺腫瘍の治療は?
可動性があり、周辺リンパ節や組織に腫瘍細胞の浸潤のみられない早期の甲状腺癌は外科手術によって治癒する可能性があります。発見が遅れて周囲に甲状腺癌が浸潤してしまうと手術ができない、もしくは不完全な切除となるものもあります。下の写真が手術中のものと摘出した大きさ3cm超の甲状腺癌の写真です。
両側の甲状腺腫瘍の場合には甲状腺に付着している小さなホルモン分泌組織の上皮小体(副甲状腺)も全摘出せざるをえません。それにより、手術後の致死的な低カルシウム血症などを生じる上皮小体機能低下症を生じるため、術後管理が難しくなります。その後も甲状腺ホルモンの生涯にわたる補充療法と血液中のカルシウム値の維持を行わなければなりません。
外科的に切除できない、もしくは不完全な切除である場合には施設は限られますが放射線療法が局所コントロールに有効です。甲状腺癌は放射線療法に対する感受性が高いため、場合によっては手術不能とされた例でも放射線療法によって手術か可能となることがあります。
肺転移がみられる場合には放射線療法とプラチナ製剤やアドリアマイシンなどの抗がん剤の組み合わせよる治療が行われます。完全切除であった場合にも同様の抗がん剤が余命の延長効果をもたらすことが報告されており、術後化学療法の有効性が認められています。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍