>>>殺鼠剤中毒とは?
殺鼠剤(さっそざい)中毒とは、ネズミ駆除剤である殺鼠剤を犬や猫などの飼育動物が”誤食”したり、”盗み食い”をして起こる薬物中毒のことです。
現在の猫の飼育環境ではあまり多くはありませんが、猫などが殺鼠剤で中毒死したネズミを捕食することで起こることもあります。
殺鼠剤とはいくつかの種類からなる、”ネズミを駆除する”ための薬剤の総称です。体内でのビタミンKの利用を難しくしてしまう働きによりその効果を発揮します。
実は、我々人間も含めた動物の体内では常に”微小な出血”が起こっており、それを血液凝固のが解消し続けるという仕組みが気づかないうちに働き、生命を維持しています。
殺鼠剤はこの血液凝固のしくみを奪い去ることでその効果を発揮し、出血を止める為に必要な血液凝固因子の合成ができない状態になってしまうため、ネズミの体内ではあらゆる臓器で出血をして死に至ります。
殺鼠剤に利用されるこのしくみはその中毒性を量的に弱めて医療用医薬品として”血が固まってしまうこと”を防ぐ抗血栓薬としても用いられてきました。まさに生体にとっては双刃の薬物なのです。
クマリン系化合物のワルファリン製剤と呼ばれる薬物が長らくその代名詞となってきましたが、近年ではインダンジオン系のダイファシノン製剤など、より確実にネズミを駆除するために、その効果がより長く持続するような薬剤に置き換わりつつあります。
殺鼠剤を摂取し中毒が引き起こるとされる中毒量は、殺鼠剤の種類とその摂取量、または1回摂取なのか複数回なのか、などその程度によりさまざまです。
例として、ワルファリンの中毒量は目安は下記のようになります。
1回接種の場合20〜50mg/kg
反復接種の場合5〜15日に渡って1〜5mg/kgです。
>>>殺鼠剤中毒の症状は?
殺鼠剤中毒の初期症状は、元気消失、挙動不審、食欲減退です。通常3〜5日以内に症状が現れますが、長い時だと1週間ほどでみられる場合もあります。
出血傾向がでてくると、歯肉や皮下からの出血、関節腔からの出血による跛行、肺出血や胸腔内出血による呼吸器症状、脳内出血による神経症状、心膜腔出血により心タンポナーデによる閉塞性ショック※がみられることがあります。
※心臓に戻ってくる血液が減少することにより心臓から送り出される血液が減り、ショック状態に陥ること
この出血が持続すると、貧血がみられたり、重症化すると出血性ショックや、DIC(播種性血管内凝固症候群)を併発することもあります。
>>>殺鼠剤中毒の診断は?
殺鼠剤中毒の診断は、前述した症状に加え、PT(プロトロンビン時間)とAPTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の延長がみられます。
PTの検査は、血液が凝固するまでの時間を測る物で、血液凝固因子Ⅱ,Ⅴ,Ⅶ,Ⅹ,やフィブリノゲンの減少や、異常があった場合に延長されます。
PTの基準値は7.1~8.4秒です。
APTTの検査もPT同様、血液が凝固するまでの時間を測る検査ですが、対象にしている血液凝固因子が一部違っており、Ⅱ,Ⅴ,Ⅷ,Ⅸ,Ⅹ,Ⅺ,Ⅻ、フィブリノゲンの減少や、異常があった場合に延長されます。
APTTの基準値13.7~25.6秒です。
中毒の初期にはPTのみ延長がみられ、次いでATPPの延長がみられます。これは血液凝固因子の半減期の関係により起こるもので、第Ⅶ因子の半減期はビタミンK依存性の凝固因子(Ⅱ,Ⅶ,Ⅸ,Ⅹ)の中で最も短いためです。
すでに出血傾向がみられる場合は、PT、APTT両方の延長がみられます。
>>>殺鼠剤中毒の治療は?
症状が軽度の場合は、ビタミンK製剤(ビタミンK1,ビタミンK2)の内服または注射(ともに1日1〜2回)を継続し、必要に応じて対症療法を行います。
誤食から60分以内の場合、胃を空にするために催吐処置や活性炭、下剤の使用が有効との報告もあります。
重症(重度の貧血、肺や中枢神経系の出血など)の場合は、輸血を行い症状の改善をはかります。
いずれもビタミンK製剤の投与(21日間)が終わってから48〜72時間後にPT、APTTのチェックを行います。PT、APTTに異常が認められた場合、さらにビタミンK製剤の投与を21日間行います。異常がない場合でも半減期の長い殺鼠剤の場合はさらにその48〜72時間後に再度PT、APTTのチェックします。
軽症例で治療に対する反応が良ければ、予後良好ですが、重篤な症状(肺出血、脳出血、DIC、ショック状態)が現れており、治療に対する反応が悪い場合は、予後不良です。
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文責:あいむ動物病院 西船橋
獣医師 安田 聖那