「マンションの8階から猫が落ちた!!!」、というショッキングな電話で緊急の猫ちゃんが来院いたしました。
こういった高層階からの転落事故では残念ながら発見時には亡くなっている可能性が高いのですが、意外にもネコに限ってはカスリ傷程度で命には別条がないということも多く、どのような結果となるかは落下した場所や落下時の猫の着地姿勢などの条件により状況はかなり左右されます。
様々な状態で来院しますので、あらゆる外傷のパターンを想定しないといけません。外傷というと一般的にはただの「ケガ」というイメージですが、こういう場合は大ケガ、つまりニュースでよく聞く、「全身打撲で意識不明の重体」のレベルです。骨折、気胸、内臓破裂や出血など、おおよそ外傷として考えられる可能性のすべてを考えなければなりません。
そうこうしているうちに茫然として元気のない猫ちゃんが運び込まれてきました。一見して致命的な外傷や大きな骨折はなさそうです。
しかし、こういった突発性の強い外傷にさらされている患者さんは、一見問題がなさそうに見えても「外傷性ショック」という危険な状態にあることが多いものです。これは強い痛みや恐怖、生命を脅かすほどの打撲に対して体が適応力を失ってしまっている状態で、放置すると非常に危険な状態につながる生命の緊急事態です。
まず、意識のレベル、呼吸、血圧をはじめ血液循環に問題がないか、腹腔や胸腔などへの見えない出血などの隠れた外傷がないかなどを判断し、その後にさまざまな緊急のため検査、処置の手順が進みます。
実は骨折や目に見えるケガというのは緊急時において治療上は後回しになることが多いものです。飼い主さんには、"こんなにひどいケガとか骨折をすぐに直さなきゃだめじゃないんですか?!"と責められることも多いのですが、必ずしもそうではありません。目に見えない異常の方がより命にとっては危険であることが多いのです。
さて、翌日に外傷性ショックから脱した患者さんは数日でだいぶ元気が出てきましたが、正面から見るとなんだか顔が歪んでいます。実は搬入当初からその異常は明らかでしたが、上記の理由から治療が後回しになっていたものです。
診断は、上あごの骨折を伴う「外傷性口蓋裂」もしくは口蓋破裂」です。以下に写真を載せますが、一部の方にはショッキングな画像ために写真はモノトーンになっております。。。注意してご覧ください。
口蓋裂とは一般的に先天異常のひとつで上あごの硬口蓋(ざらざらしたところ)が生まれつき閉鎖しせずに鼻の孔と裂け目で通じている状態をいいます。ネコでは時に落下や交通事故などの強い衝撃で、外傷性の上顎(上あご)骨折に伴ってしばしば生じます。
左の写真は右下からの正面像で、上顎の歯の後ろから喉に至る部分が完全に避けて鼻の穴の奥が口から見えていしまっている状態です。右写真は裂けてしまった上顎の断面が痛々しい写真です。ここまで重度のものになるとまったく食事を摂ることができないだけではなく呼吸の障害も生じるため、早急に手術が必要になります。
下の写真が手術後のものです。口と鼻をつなぐ穴が非常に大きいため、通常の方法では縫合することができません。このために左右の口蓋粘膜をはがして中央に移動させて縫合しています。時間はかかりましたが、これで完了です。
手術後は、しばらく口を使えないので食道瘻(ろう)チューブという管を首から食道内へ設置して終了いたしました。その後、この猫ちゃんは一週間くらいで自ら食事を摂ることができるようになりましたのでめでたしめでたしです。
不幸にも猫ではこのような落下事故が多くみられます。今回の猫ちゃんは8階からの落下でなんとか一命をとりとめましたが、この高さはヒトならほぼ即死レベルであろうと思います。経験上ではなんと11階から落下してカスリ傷だった猫を見たこともありますが、それはネコ故の人並み外れた身体能力や柔軟性のもの凄さのなせる業でありましょう。
もちろん、そんな高い能力を持つ猫でもキャットタワーの3階から落ちて大けがということも、ごくごく当たり前のことですから、過信なさらず充分お気を付けください。。。
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文責:病院長 井田 龍