今回のテーマは「皮膚に巣食う犬毛包虫症(犬ニキビダニ症)」のおはなしです。
このダニの寄生は動物病院が扱う皮膚科領域の診療を行う上で、必ず頭の隅に置いておかなければならない原因のひとつです。特に治療が思うようにいかなかったり、何度も再発する皮膚疾患の原因に深くかかわるもので、わんちゃんや飼い主さんだけではなく、私たち獣医師にとっても悩ましい「感染症」です。
———————————————-
毛包虫(Demodex spp.)はニキビダニ、デモデックス、アカラスなど様々な呼び名を持つ、私たち人間を含む哺乳類の皮膚に常在しているダニの一種です。
マダニなどの目に見えるダニと違いその大きさは体長0.3mm前後と非常に小さいため、直接目で見ることはできません。
さらに皮膚の毛包内に生息しているため、皮膚組織ごと採取して顕微鏡で詳細に観察しなくては発見することができません。下の写真はそのようにして採取された毛包虫の1例です。
———————————————-
よく見ると、下の3枚の写真のように毛包虫(ニキビダニ)にはその成長のステージ、上からそれぞれ虫卵、幼虫、成虫を観察することができます。
たくさんの成虫が見つかったり、虫卵や"若い個体"が多い場合には毛包虫が盛んに増殖しているということを意味します。
毛包虫(以下、ニキビダニとします。)はその名の通り、普段は毛穴の毛包の中で大人しく生活しており、その存在を感じることはありません。
何らかの原因で宿主の免疫力が低下してくると増殖を始め、皮膚に炎症やブツブツした発疹をおこします。こうして発生する皮膚疾患をニキビダニ症(毛包虫症;demodicosis)と呼びます。
よく飼い主さんにも感染するのでは?とご心配になる方がいらっしゃるのですが、人間には人間の、犬には犬のニキビダニが寄生するため、種を越えて犬から人間やその他の動物にうつることはありません。
———————————————-
人間のニキビダニは俗に「顔ダニ」とも呼ばれ、もしかしたら、それ用の洗浄剤などを使われたことのある方もいらっしゃるかもしれません。老若男女ほぼすべての人間に寄生しており、特に「鼻を中心とするTゾーン」に千葉県船橋市の人口の倍弱、数十~百万の寄生があるいわれていますので驚きです。
人のニキビダニは皮脂をエサとするため、通常は顔の皮脂量を調節し肌の調子を整えるのにも一役買っています。しかし、何らかの原因で皮脂の過剰分泌により増殖しすぎると、その多量の排せつ物が毛穴に詰まり、ニキビを悪化させる場合があります。
ニキビダニという名称の由来はこういった人における特徴によるものです。
犬のニキビダニも人の状況と同じようにほとんどの個体に寄生しておりますが、通常はその存在が表に出ることはありません。
何らかの原因でニキビダニを封じ込めている免疫機能に異常が生じた場合、過度に増殖して皮膚のあらゆる部位に多様な皮膚病を引き起こし、それが時に命にかかわるほど重篤なものであることさえあります。
次の写真はニキビダニ感染で見られた数年にわたる慢性再発性の皮膚病の例です。
———————————————-
同様に下の3枚はニキビダニ症の犬の皮膚病変の例を示す写真です。
上から「鼻梁部」「肘」「前腕部」の皮膚病変です。
———————————————-
ところで、ニキビダニはどこからどのように感染するのでしょうか?
まだ不明な点も多いですが、犬のニキビダニは、生後まもなく授乳期に母犬から子犬へと伝搬されます。このためほぼ全ての犬に常在しますが、犬同士での感染は極めて低いと考えられています。
また、ニキビダニはみんなが持っているはずなのに、皮膚症状が出る場合とそうでない場合があるのはなぜなのでしょうか?前述のように、ニキビダニによる皮膚病とは、寄生しているニキビダニが過剰に増殖した結果として引き起こされるものです。
その原因はさまざまですが、若齢犬と成犬ではかなり違いがあります。
まず前者は、生後18ヶ月未満の犬で発症した場合をいいます。そのほとんどがまだ免疫機能が未成熟なために起こり、成長とともに軽快することも多いです。症状も比較的軽く、四肢や背中などの局所に小さな脱毛や落屑(フケ)、発疹がみられます。
症状の改善がみられない場合には、駆虫薬や塗り薬、殺菌効果のあるシャンプーにより治療を行います。時に全身性の毛包虫症に移行することがあり、非常に治療の難しい状態に陥ることもあります。
後者は老齢犬で多くみられることが多く、全身的な皮膚病が重症化することも少なくありません。四肢や体幹部に発疹が多発し、強い毛包炎から血液の混じった「牡蠣の殻のようなカサブタ」を生じ、痒みや痛みを訴えることもあります。そしてその約半数が、何らかの基礎疾患を持っています。
腫瘍、クッシング症候群や甲状腺機能低下症のような内分泌疾患、その他さまざまな慢性消耗性疾患や、免疫抑制作用を持つ薬剤の長期投与もまた、その発症の要因として挙げられます。
成犬のニキビダニ症は治療に時間がかかるため、駆虫薬の長期投与が必要になる場合も多く、さらに二次感染として細菌や真菌(いわゆるカビ)の感染を伴うこともしばしばですから、その治療も同時に行わなくてはいけません。
ニキビダニは肉眼では発見できないため、きちんとした検査をしなければ他の皮膚病と区別がつきにくい病気です。方法はいくつかありますが、よく行われる「掻爬検査」は、皮膚の表面を鋭利なもので削り、取れたものを顕微鏡で観察します。
ほかにも、病変のある部分の毛を抜き、毛の根元にダニが付着ていないかを観察する「抜毛検査」もあります。ニキビダニはおもに毛包の中に存在するため、皮膚表面だけの検査ではなかなか発見することはできません。
下の写真は皮膚掻爬検査により、虫卵、幼虫、成虫のすべての発育ステージのニキビダニが発見された顕微鏡像の例です。
ちょっと気持ち悪いかもしれませんが、おびただしい数のダニ虫体がみられるのがお分かりになると思います。こういった激しいニキビダニの増殖は時に破壊的で難治性の皮膚病変をつくり出します。
犬ニキビダニ症はアトピー性皮膚炎や食物アレルギー、細菌性皮膚炎(膿皮症)と併発することも多く、皮膚病が非常に複雑化することもあります。これらの皮膚病がなかなか良くならない場合は、ニキビダニ症の関連も疑って検査をおこなう必要があるでしょう。
治療しているのになかなか治らない、再発を繰り返す皮膚病にお困りで、長期に薬を投薬し続けているなどの条件にあてはまる場合には、それはニキビダニ症によるものかもしれません。
———————————————-
文責:あいむ動物病院西船橋
獣医師 宮田知花