ネットには数多くの情報があり、少量であっても“死に至る可能性”さえあるという解説が随所に見られることも、この中毒に対しての世の中での危機感や関心の高さを窺い知ることができます。
ところが、この“ブドウによる中毒”では「どのような物質がどう引き起こすのか?」、「どのくらいの量で起こるのか?」という、中毒の原因となっているモノと理由が不明なままという、いささかもどかしい状況が獣医療の現場では長らく続いています。
獣医師が診断・治療を進める際の問題点として、困ったことに同じ量を食べても全く症状が出ない犬がいる一方で、少量でも体質や条件によって重い腎障害につながる犬がいることが分かっています。
また、”生のブドウ果実”はもとより、その加工品のレーズン等の水分の抜けた乾燥果実では中毒成分が製法により様々に濃縮されている可能性があること、さらにブドウ原料を含む加工食品ではブドウの量で換算できないため危険度の評価ができないという、一種の困難さもあります。
ブドウ中毒が発生する目安がはっきりしないため、通常の判断基準(どのくらい食べたか?)で予測が難しい中毒といえるでしょう。
食べた量が明らかであっても「少量だから大丈夫」、「以前食べても平気だったから今回も問題ない」ということがそもそも通用しません。
>>>中毒の原因と食べた量の目安は?
最近ではブドウに含まれる酒石酸(しゅせきさん)が関与している可能性があり、原因物質として酒石酸(tartaric acid)、酒石酸水素カリウム(potassium bitartrate)が原因物質の候補として考えられるようになりつつあります。(※まだ確定的ではありません)
酒石酸は中毒を起こす「生のブドウ」・「レーズン」・「サルタナ」(※ブドウの品種と乾燥方法・製法が異なるレーズンの一種)・「タマリンド(※マメ科タマリンドの実)」で”共通に高濃度に含まれる物質”であること、犬ではこれらの有機酸を排泄する能力が弱いという説が有力になっています。
食べた量と中毒量が一致しないのは犬の個体差(腎臓からの排泄機能の差)という推測が一定の説得力を持っています。
現在、患者動物からの集積データから中毒量の目安として下記の基準が公表されています。
◎ブドウ:約19.6 g/kg・レーズン:約2.8 g/kg
※上記の基準は不確定な知見を含むため、これ以下であれば大丈夫であるという保証はありません。
>>>早めの受診が大事な理由は?
ブドウという我々には当たり前の食材が、実は犬に”致死的な中毒”を起こす可能性など想像さえできない方も多いことと思います。
中には気付かずに食べさせているけれど”問題がない”というレベルのものから、”原因不明の急性腎不全”として動物病院で対処されているケースもあるかもしれません。
ネットで偶然に、”一粒でも死に至る可能性”というセンセーショナルな情報をご覧になり、“知らずにブドウを食べさせてしまったけれど大丈夫なのか?”という飼い主様のご不安は獣医療の現場ではかなりの切迫感を持って伝わってくることがしばしばです。
現在の獣医療では、食べた量だけではなく、食べてからの「経過時間」、「症状の有無」、「吐かせる処置」などにより胃からブドウを回収することが十分に行えたかどうか?
また、血液検査や尿検査の結果や患者動物の状態を総合して対応方針を決定します。
一般的に早い段階で処置を行えるほど、腎臓への影響を減らせる可能性があります。
もし犬がブドウ・レーズン・その関連食品を口にした可能性がある場合は、症状がなくても早めに動物病院へご相談ください。一般的に犬のブドウ中毒では、食べた直後には元気に見えることがほとんどです。
しかし、腎臓への影響は食べてから最低でも数時間以上経ってから現れることが多く、症状が出る頃にはすでに”体内へ成分が吸収されている”場合が多いと考えられます。
>>>中毒(急性腎障害)回避のためには?
繰り返しになりますが特に問題になのは、「食べた量だけでは重症度を正確に予測できない」という点です。同じ種類・同じ量でも、犬によって反応が異なり、症状が出ない場合もあれば、少量でも腎機能に影響が出る場合があります。
そのため、ご家庭で様子を見て安全かどうかを判断することが難しい中毒と考えられています。
早い段階で受診していただくことで、状況に応じて”吐かせる処置(催吐)”や検査による評価を行い、体内へ吸収される前に対応できる可能性が高まります。また、必要に応じて血液検査や尿検査、点滴治療を行い、腎臓への影響を早期に評価・予防できる場合があります。
一方で、”食べてから時間が経過して体に吸収されている場合”、すでに嘔吐・元気消失・食欲低下などの症状が出ている場合は、原因となる食べたブドウの除去が既に間に合わないために、腎機能の評価や治療を優先的して対処されます。
「元気だから大丈夫」と判断せず、食べた可能性がある時点でご相談いただくことが、結果として中毒リスクを低減して、負担の少ない対応につながる最短の方法です。
>>>どのように検査・治療を行いますか?
動物病院では、まず胃の中の食べ物を”吐かせる処置”(催吐処置)を考慮します。
※ただし、すでに嘔吐等、何らかの中毒症状が発現している場合など患者動物の状況、また”食べてからある程度(数時間以上)経過している場合”、”吐かせたモノ”が誤って気道(気管・肺)に入ったり、食道や咽頭に詰まる危険がある場合”などでは催吐処置を行えないことがあります。
※犬がブドウ・レーズンを食べた場合には、「どのくらい食べたか」だけではなく、「いつ食べたか」、「現在症状があるか」を確認しながら、食べた時間からの経過時間を重要視して必要な検査・処置を行われます。
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■ 吐かせる処置(催吐処置)
食べた直後から時間があまり経っておらず、催吐処置が安全に実施できると判断した場合には、まず体内へ吸収される前に吐かせる処置を最優先で検討します。
※ブドウやレーズンは胃に比較的長く留まることがあるため、早期に内容物を回収できれば、その後の腎障害のリスクを下げられる可能性があります。
■ 画像検査(レントゲン検査・超音波検査)
来院時に胃に残存する食べ物の量を評価します。また、食べたモノが食道・小腸での異物障害(閉塞など)の危険性を持つかどうかを評価します。
※催吐処置の前に実施されることもあります。
■ 血液検査・尿検査
実際には、ブドウを食べた当初は症状がほとんど出ません。
ただ、「体への影響は数時間から半日程度で進行する」可能性がある」ために、特に腎臓への影響が始まっていないかを確認するために行います。検査結果により、外来のみでの経過観察もしくは入院が望ましいかを判断します。
※主に下記の項目を確認します。
・腎臓の数値(クレアチニン、尿素窒素など)
・電解質バランス(ナトリウム、カリウム、塩化物イオン濃度、リンなど)
・尿の濃さや尿量
・脱水の有無
■ 点滴治療(皮下輸液・静脈輸液)
※必要に応じて点滴治療を行います。「点滴の目的」は下記の通りです。
・脱水の改善
・腎臓への血流維持による腎機能の維持
・体液バランスの調整と維持
・排尿を促して、腎機能の変化を観察する
■ 入院が必要であるか検討する
※一般的に動物病院では重症化する(可能性がある)場合の”リスク回避”のために検査・治療を最大限に優先します。このため、獣医師の判断で”ブドウを食べたら、無条件に可能な限り入院して長時間点滴」を行う”、という考え方による「危険サイドへの備え」を理由に提案が行われる可能性があります。
・「食べた量がどのくらいか?」
・「食べてからの経過時間は?」
・「消化管(胃)からの除去が十分できたか?」
・「検査結果(画像検査・血液検査・尿検査等の結果」
・「現在の症状の有無」
・犬種や年齢、その病気の有無等
※獣医師は上記を念頭に総合的に考えて最善の治療方針の提案をいたします。
治療・検査内容は一律なものではなく、患者動物の状況に合わせて提案されます。ご不安な点やご事情がある場合は、遠慮なく獣医師へご相談ください。
>>>どのような場合に入院が必要になりますか?
■ 食べた量が多い、または正確にわからない場合
食べた量や内容が不明な場合は、安全性を優先して一定期間の観察や治療をご提案することがあります。特にレーズンや加工食品は成分が”濃縮されていたり”、”確認できない”可能性があります。
■ 吐かせる処置が行えなかった、または十分に回収できなかった場合食べてから時間が経過していたり、安全上の理由で催吐を行えなかった場合は、その後の体内への吸収リスクを考慮して、可能な限りの中毒の抑制、軽減を目的として点滴や積極的な検査を選択する可能性が高くなります。
■ すでに関連する症状がみられる場合
次のような症状がある場合は、入院での管理が必要になることがあります。
・繰り返す嘔吐・悪心(気持ち悪そうな仕草)
・食欲低下や消失
・元気がない、など活動性の低下
・水を飲まない、または飲めない
・下痢等、嘔吐以外の消化器症状がある
・尿量の変化(少ない、出ない、極端に多い)
■ 検査で腎臓への影響が疑われる場合
血液検査や尿検査で腎機能の問題を示す変化や脱水が疑われる場合は、症状が軽く見えていても、早期治療を目的として入院をおすすめすることがあります。
■ ご自宅での観察が難しい場合
”夜間の様子が確認しづらい”、”飲水量や尿量の管理が難しい”、”通院間隔が空いてしまう”場合なども、より安全な経過観察のために入院を提案することがあります。
※入院は「重症だから入院する」ということのみならず「今は元気でも、起こりうる中毒の発症を予防し、変化を早く見つけて対応するため」に行います。
一方で、早期に受診でき、”吐かせる処置”が十分に行え、”検査でも異常がなく”、”自宅での観察が可能な場合”には入院が必要ないとされるケースなど、状況に合わせて、治療内容や入院の必要性をご相談しながら決定いたします。
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文責:あいむ動物病院西船橋
代表獣医師 井田 龍”