今回のテーマは動物を襲う植物(ノギ)に関してのものです。植物が動物を襲うって!??もちろん、SFの中でのように食虫植物のようなものが襲ってくるようなものでは決してありません。。。
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ところで、"ノギ" って何でしょうか?
芒(ノギ、「ぼう」とも)は、コメ、ムギなどイネ科の植物の小穂を構成する鱗片(穎)の先端にある棘状の突起のこと (Wikipediaより)
「ノギ」を生やす植物は空き地にいっぱい。幼い頃に草むらで転げまわった後などにパンツの中でチクチクした記憶がよみがえる方も多い?のではないでしょうか。もちろん、ここではワンちゃんの散歩後に毛にくっついてなかなか取れない、アレの方が一般的なイメージかもしれませんが。。。
とにかく服や被毛に引っかかると、取れにくいものです。そんな理由もあるのでしょうが、イネ科の植物はその優れた種子の運搬能力により空き地や荒れ地でその繁栄を謳歌しています。
ところでこのノギですが。。。人にとっては生活する上での単に「迷惑な存在」に過ぎませんが、犬にとっては安全なはずの生活に突然現れる重大な脅威、いわば天敵となり得ます。
以下、ノギが原因となった3つの事例、プラス番外編1つをご紹介したいと思います。
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パート1、「こんなところから、ノギ?!」(足先、皮膚編)です。
上の写真は「よく理由がわからないけど、両前足の指の間から血がでてきて、とても気にしているんです。」 ということでいらした患者さんです。
確かに、指のマタの部分から出血していて、とても気にして舐めていることが容易に想像できる状態です。実は指間のこういった病変は比較的よく見られる皮膚の異常です。(以下の写真は少々刺激があるかもしれません。)
”ハイ、これは舐めすぎによる指の間の皮膚炎ですね。だいぶ膿んで腫れてますから抗生物質と消炎剤を出しておきますので、絶対に舐めないようにして一週間くらいしたら、またいらしてください”という治療パターンに見事に当てはまります。
一週間後。。。「あまりよく治りませんけど。。。」ということで、再び患者さんが来院しました。
内心は”ナニ?ナオラナイ?ぺろぺろと舐めてたんじゃないんですかい?”とあらぬ疑いをワンちゃんにかけてしまいがちなシチュエーションなのですが、よく見てみると。
ぜんぜん、治ってない。しかも、両足の指の間の皮膚に穴が開いてる!
ん?何か出てきたぞ。(下写真)
うぁあ、ノギ!?(しかも両側から!!!)
上の写真が両足の指の間の皮膚から同時に摘出されたノギです。
ちょっとわかりにくいので推論を交えた解説をします。
ワンちゃんが草むらを走り回った際に、偶然にも両足の第3-4指間で同時にノギを踏み抜いてしまったようです。刺入した足裏の皮膚は数日で治ってしまいそのまま内部にノギが残されました。
こういった場合、体がすぐに処理できない異物は一旦体の内部に埋め込まれる形で周りを炎症組織が囲みます。これを肉芽腫といいますが、こういった場合、小さなものでは体内でゆっくり処理されて吸収、ないし隔離されます。
しかし、今回のこのノギはワンちゃんの処理能力には大き過ぎました。皮膚にはこのような大きな異物を分解処理する仕組みがありません。その後しばらくしてノギの周りが化膿、組織が壊死を起こして、刺さった場所の反対側から左右同時にノギが飛び出てきたという珍しい形で病気が見つかりました。
もちろん、ノギを取り出した後、1週間程度で酷かった皮膚病がスッキリと治ったのはいうまでもありません。
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「こんなところにノギ!?」。。。パート2(眼球編)です。
「散歩の時に眼に何か刺さって、取れません!」とあわてた飼い主さんがわんちゃんを連れて来院しました。診察してみると、結膜に何やら刺さっているようです。一見したところ虫のようにも見えるのですが、ものすごく痛いらしく、嫌がって頭をぶんぶん振るため、なかなか確認することができません。
点眼麻酔で目の痛みを抑えた後、よくよく見てみると。。。
なんと「ノギ」の根元が結膜に見事に刺さっています。洗浄したり、引っ張ってみましたが、取れません。どうやら根本が釣針のように引っかかっているようです。(写真、矢印)
こういった場合、力任せに無理やり引っ張ってしまうと強い痛みや出血を起こす可能性がありますし、場合によっては「ノギ」の一部を結膜の中に残してしまうリスクがあります。
そこで、飼い主さんと相談して、鎮痛・鎮静剤で痛みとコワイのを抑えつつ、ウトウトしているうちに結膜を小さく切開して取り出すこととしました。
無事に取れた「ノギ」が下の写真です。
さて、無事に原因となるものを取り去ったものの、わんちゃんはまだ目をしぱしぱとさせています。角膜に問題を起こしている可能性がありましたので、検査してみるとノギ”の"穂”による角膜の大きな傷、角膜潰瘍が見つかりました。角膜潰瘍とは角膜の何層かがごっそりクレーター状に剥げ落ちるもので1週間くらい痛みが続きます。
結局、このわんちゃんはノギによる後遺症で2週間ほどの治療を要しました。
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「こんなところにもノギ!?。。。」パート3(耳道編)です。
「散歩で草ムラで遊んだ後に急に様子がおかしくなった。」という、わんちゃんが慌てた飼い主さんとともに来院いたしました。
さて、診察室では。。。わんちゃんは頭をブンブンと振って、かなり辛そうです。時折、後ろ脚で声をあげながら片方の耳を描こうというしぐさをしています。
これは明らかに耳に何か入ったかな?という状況ですが、ワンちゃんも興奮して、とても耳の奥まで見せてくれる状況ではありません。迂闊に顔を近づければ大ケガです。
相当辛かったことでしょう。ワンちゃんの耳介は後ろ足で激しく掻いたせいで、腫れあがって出血しています。このままではどうしようもありません。これは困った。。。
飼い主さんにはこのままでは、検査も治療もできない旨をお伝えし、緊急で麻酔下の内視鏡検査と処置を行うことになりました。
しばらくして麻酔でおとなしくなったワンちゃんの耳道の入り口(垂直耳道)が観察できるようになりましたが、そこには何もありません。さらにその奥、水平耳道までスコープを進めてみると。。。
上の写真では右上に鼓膜、10時から4時方向に何か見えます。どうやらノギのようですね。画面では見えませんが奥の方で何やら引っかかっています。
ノギにはたくさんの突起が杭のように生えています。このため、耳道のような狭い空間ではあちこちに引っかかり非常に取りにくいことがあります。
ようやく引っ張り出すことができました!上の写真が摘出されたノギの写真です。
幸いなことにノギによる耳道や鼓膜の損傷もなく、無事に麻酔から覚めたワンちゃんは先ほどまでの苦痛はどこへやら。ときどき耳をパタパタさせていますが、何が起こったの???という顔をしています。とりあえず一件落着です。
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以上のまとめです。。。
「ノギ」は体の中に取り込まれてしまう異物としての振る舞いが問題となるのですが、特にそれが目や耳など、敏感な部位に侵入した場合、直接の刺激や二次的な損傷による強い痛みなどの不快感が激しくなりがちです。
比較的遭遇しやすい場所は皮膚、目、耳道、鼻腔、気管など上気道ですが、もちろん、外界と接する体表や粘膜全ての場所でその可能性があります。
さらに、飼い主さんが異常に気付かない場合や症状があっても外から観察できない部位であったり、ノギが突き刺さったまま、体本来の仕組みで除去されない場合は。。。発見が遅れて重症化したり、慢性化して難治性となることも多いものです。
このようにたかがノギですが、それが引き起こす問題は時に複雑多岐に渡り、診断はもちろん、治療する上でも獣医師泣かせで厄介なシロモノなのです。
飼い主の皆様方。草むらや公園など植物の多い場所でのお散歩は転げ回ったり、茂みに顔を突っ込んだり、ワンちゃんにとって何よりも代えがたい喜びのひとつではないでしょうか。これはそんなワンコと一緒に散歩する飼い主さんにとっても同様ですよね。
ワンちゃんのお散歩の楽しみを奪うことはできません。。。ですが、このノギの危険性についてご記憶いただいて、緑多い場所でのお散歩の際にはくれぐれもご注意ください。
長くなりましたが、最後に以下、番外編(パート4)のご紹介でこのコラムを終えたいと思います。
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「こんなところにもノギ?!かな?」。。。パート4(番外編)
「植え込みに顔を突っ込んだ後にキャンキャンと叫んで、目が開かない。」という訴えのワンちゃんが散歩を一緒にしていたお父さんに付き添われて緊急で来院いたしました。
一見して、ものすごく痛いらしく、鳴き叫んで診察室内ではちょっと手がつけられない状態です。片目を完全に閉じており、瞼はピクピクと痙攣(眼瞼痙攣)しています。目がかなり刺激されているようで、大量の涙が周囲の毛を濡らしています。
これは非常に強い目の痛みを予想させるもので、やはりちょっとそのままでは眼の中の観察が出来そうにありません。そこで、多分に漏れず、鎮静剤を用いて、ちょっとウトウトしてもらってから詳細な観察をいたしました。
まず、静かに寝ているワンちゃんの目を開いてみましたが、なんと何も見当たりません。さてと、これはには困りました。症状からは何か異物が入っているとしか思えないのですが。。。
ところで、犬には下眼瞼の内側、目頭の部分に瞬膜(第三眼瞼)という膜状の構造があります。眼球と瞬膜に挟まれた狭い空間には深い懐があります。この場所に異物が入っていることも多いので、生理食塩水で洗い出してみることにしました。生理食塩液を注入すると、下の写真のように何か、虫のようなものが飛び出てきました。。。うわ、なんだこれはという感じです。
ピンセットで引っ張ってみると、驚いたことにどこにそんなものが入ってたのか一本の虫のような繊維がツルツルと出るわ出るわ、患者さんには申し訳ありませんが、さながらマジックショーのよう。
採取された繊維状のものの長さはなんと7.6cmもありました。よくこんな長いものが瞬膜の(眼頭の奥の方)に折りたたまれていたものですね。驚きました。
後ほど、このヒモ状のものをよくよく見てみると、なんと、”ノギの穂”が全部取れた後の”茎”のようです。ノギという武器を失ったにもかかわらず、隙あらばワンコを攻撃する執念のようなものさえ感じますね。。。
まさに、ワンコの天敵、「ノギ恐るべし」です。
飼い主の皆様方、草ムラでのお散歩はくれぐれもご注意ください。。。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍