今回は家庭にありふれているごくありふれたモノが引き起こしてしまった、重大トラブルの一例をご紹介いたします。
とある日、「首周りから膿が出てきて止まらない」、という患者さんがいらっしゃいました。
心当たりはありますかという問いかけに、飼い主さんはよく分からないという答え。
実は喧嘩でもして噛まれたんじゃないの?と心の中では思いつつ、身体検査を行ってみると首から肩にかけてたくさんの膿がベットリ、その隙間から時折ドロドロと本当に大量の膿が出てきます。
”むむむ、どうもおかしい。。。”とちょっと焦ります。
いつもは膿がどこから出ているのか、比較的簡単にわかるものです。ところが、なかなかその出所がわかりません。。。
わんちゃんが非常に痛がるので、どこから膿が出ていていったいどうなっているのか、鎮静・鎮痛剤を注射してぐっすりと寝た状態で検査することとなりました。
首周りと胸回りの毛をすべて除去したのが下の写真です。以下の下の写真はやや刺激がありますので、モノトーンにしてありますが注意してご覧ください。
写真1は右下にしたわんちゃんの喉元から前胸部を見上げたもの、写真2は仰向けにしたわんちゃんを右側から見た写真です。
写真1 ———————————————-
写真2 ———————————————-
付着した膿と汚れをきれいにして毛を全部キレイに刈ってみると、えっ?!、言葉を失いました。
首から脇の下にかけて皮膚を何かが切り裂いたようにぱっくりと開いています。
深さは2センチくらいはあるでしょうか。写真には写っていませんが、この皮膚の裂け目が裏にも続いており、なんと体の周りを一周していました。
なんですかコレは???
皮膚、さらに下の皮下組織、筋肉までがスパッと切れているではありませんか。。。
さらに一滴も出血していない。これはもう宇宙人の仕業としか思えない切り口で、ちょっと異様な光景です。
実はこの裂け目の一番深い部分の下に食い込んでいたのが「輪ゴム」でした。選挙の時の”たすき”が締まるような感じで、輪ゴムが数週間かけて次第に食い込んでいったようです。なんと痛々しいことでしょう。。。
輪ゴムなどの絞扼力(締まる力)は柔らかい体の組織にはとても強力で、皮膚や筋肉などの組織はそれに抗することができません。ゆっくりと締まりながら周りの組織を引きちぎって体の内部に埋もれてゆくために発見しにくく、加えて症状が出にくい傾向があります。
輪ゴムを取り除いた後、傷をきれいにして縫合したのが下の写真です。このわんちゃんはこの後、一か月ほどの日数はかかりましたが、元通りの生活に戻ることができました。
処置の後に、状況を飼い主さんにお話しすると、怪訝な顔で「そんな輪ゴムなんてわざわざ犬の首にかける理由なんてないし。。。」と、最初は?な感じでしたが、「そういえばあの時。。。」と飼い主さんもハッと思い出したようです。
実は、こちらのご家庭には小さなお子さんがおり、よくよく思い出してみると数週間前に仲良く犬と輪ゴムで遊んでいたそうです。その時には、まさかこのようなことが起こるとは想像すらできなかったことでしょう。
家庭内には犬にとってさまざまな危険物が存在します。本例は非常に極端な例ですが、体のいろいろな部位で輪ゴムやヘアゴム、紐、時には首輪などが引き起こす「絞扼(こうやく)事故」に遭遇いたします。
小さいお子さんがいらっしゃるご家庭での発生が特に多く見られますので充分にご注意ください。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍