しっぽ

喉の塊 ~犬の甲状腺がん

における「甲状腺がん」とは?

甲状腺腫瘍(甲状腺がん)はその発生率の上昇が、原発事故によって生じ得る、放射線の人体への影響の大きさを図る尺度として、極論でセンセーショナルなものから冷静な疫学的統計の評価に至るまで、ここ数年多方面で盛んに議論されてきました。
今や「甲状腺がん」という病名は原発事故の影響に関連して、今やほぼすべての日本人が連想する象徴的な言葉ではないでしょうか。
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甲状腺は喉のやや下の左右にあり、甲状腺ホルモンなどを分泌する腺組織です。小さな組織ではありますが、人を含めた動物が生存するために必要な、代謝をつかさどる甲状腺ホルモンを分泌し続けることで、休むことなく代謝のコントロールを行っています。それなしにはすべての細胞、その集合体の組織、生物は生き続けることができないという意味で、甲状腺は生命維持装置のひとつとして極めて重要な役割を担っています。

代謝(新陳代謝)とは、生命を維持、活動させるために必要なエネルギーを「合成」、「消費」、「排せつ」するために細胞内で起こる化学反応の総称です。甲状腺ホルモンはこの反応を活性化させて、細胞のエネルギー産生量を増加させ、代謝を促進させます。その結果、呼吸量体温上昇などが見られます。
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甲状腺がんは人間だけのものではなく、もちろんにも存在し、ビーグルゴールデンレトリーバーなどに多いとされていますが、あらゆる犬種で起こります。甲状腺のできもの(甲状腺腫瘤)のうち犬で最も頻度が高いものが実は悪性甲状腺がんであり、人間では多い良性甲状腺腫などはむしろ少数派です。

発生率は全腫瘍の2%以下と少ないため、私たち獣医師の日常診療ではあまり遭遇する機会がありません。ましてや一般の飼い主さんが甲状腺がんに巡り合うことはまずないと思っていいでしょう。

非常に例数の少ない腫瘍ではありますが、当院ではここ2-3年で3件の甲状腺がんの患者さんを診断し、うち2件で外科的に治療いたしました。治療後、いずれも良好な経過を得ておりますので、このコラムで触れておこうと思います。
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ケース1

「喉にグリグリしたものがあるんですけどなんでしょうか?。。。」

という訴えで、まだまだ5歳の若いワンちゃんが来院いたしました。こういった場合、下顎リンパ節(下あごの付け根),浅脛リンパ節(喉元)とか耳下腺(耳の下の唾液腺)や唾液腺腫(皮膚の下に唾液が漏れたもの)、もしくは脂肪腫(良性)などが多いものです。リンパ節の脹れは時には重大ですが、歯周病その他炎症などによる反応性のことも多く、問題ないか経過観察で。。。となることがしばしばです。

触診すると喉の下から胸元に近いやや深いところに何やら親指大の柔らかい腫瘤がありました。そのカタマリはその深さと位置が変微妙に変化します。

写真は手術の時に患部の毛を刈って、消毒を行うところです。ちょっと見えにくいですがシコリが見えます。(左が頭側)

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この辺りには浅頸リンパ節という普段触ることができないリンパ節がありますが、このリンパ節は一定の場所にあり、あまり動くことはしません。

もしや、甲状腺腫瘤。。。???

エコーを当ててみました。その位置と構造から甲状腺腫瘤である可能性が高いと考えられました。細胞診(針で組織の一部を取ること)で甲状腺の細胞が腫瘍化していることが分かったため、飼い主さんと相談のうえ、手術を行うことになりました。下の写真が甲状腺腫瘤を摘出しているところです。(ちょっと刺激が強い可能性がありますので色調を落としてあります。)

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甲状腺は頸動脈から直接流れ込む血管(動脈)が多い臓器ですので(オレンジ矢印)、出血させないように注意深く摘出いたします。下の写真が摘出した甲状腺腫瘤です。

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大きさは親指大でした。このわんちゃんは小型犬でしたので、人だと赤ちゃんのコブシ程度の感じでしょうか。喉にはだいぶ違和感があったと思われます。

やはり病理検査の結果は甲状腺ガンでしたが、進行していない甲状腺腫瘍は薄い膜で正常な組織とわけ隔てられていることが多く、このケースでは摘出が充分に可能なものでした。
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ケース2

ケース1からほどなく、同じような訴えの8歳の小型犬の患者さんがいらっしゃいました。身体検査超音波検査の結果、甲状腺腫瘤と思われ、細胞診の結果は甲状腺ガンが疑われるものでした。患者さんと相談の上、すぐに手術をご希望になりましたので当院にて実施いたしました。

写真は手術中のものです。動脈に注意しながら注意深く切除をしていきます。

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下の写真が摘出した甲状腺腫瘍です。大きさは中指大でした。

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病理検査の結果はやはり甲状腺ガンでした。

甲状腺がん甲状腺ホルモンを放出する臓器の悪性腫瘍ではありますが、犬では甲状腺ホルモンの上昇はむしろ少ないため、喉のシコリ以外にはあまり大きな異常がないことがほとんどです。甲状腺がん肺転移しやすく、何年もかけてゆっくりと肺に転移病巣を形成することが多いとされています。

腫瘍は薄い膜に包まれていることが多いため、肺転移が見られず、まだあまり大きくない可動性の腫瘍では外科手術で治癒が期待できる悪性腫瘍のひとつです。

甲状腺ガンに限らず、頸部にできる腫瘤は周辺の大きな血管神経リンパ節など、重要な構造が隣接して密集しているためにそれらに波及しやすい特徴があります。腫瘍が大きくなった場合には切除しきれないばかりか、術後に重要な機能を障害するリスクも高くなります。

喉に何らかのデキモノを見つけたら早目の診断をお受けになることをお勧めしつつ、今回のコラムを終えたいと思います。

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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍

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