しっぽ

猫の”GESF”について 

唐突に、何やらよく分かりにくい題名ですが、今回は猫の消化器に生じる特殊な炎症性の病気のお話です。概念的にざっくりいうと、

消化管(腸間膜リンパ節)に形成される好酸球浸潤を特徴とした炎症性変化

が引き起こす病気ということです。この病気は英語表記で、

GEFS : Gastrointestinal Eosinophilic Sclerosing Fibroplasia

という病名が提唱されています。本邦ではまだあまり認知されていない病気ですが、和名で「消化管好酸球性硬化性繊維増殖症」俗称で猫のスクレオローシスという呼称もあるようです。

この病気はアレルギーに関係する、好酸球(白血球の一種)を多く含む肉芽組織によるカタマリが圧迫狭窄(狭くなること)を消化管に生じ、食欲低下嘔吐などの消化器症状を起こして衰弱したり、消化管閉塞潰瘍(かいよう)や穿孔(胃腸に穴が開くこと)のリスクも高まり、放置すると死に至る危険性の高い病気です。

まだ報告の少ない病気ですが、このGEFSを当院にて診断・治療を行い、良好な経過を得ている患者さんがおりますので、このコラムでご紹介しようと思います。 

「2か月程度の間に次第に食欲が少なくなり、痩せてきて、しばしば嘔吐しますという訴えで、まだ若い4歳の猫ちゃんが来院いたしました。他院に通院していたそうですが、対症療法(症状を軽減する治療)であまり改善がないので当院に転院していらっしゃった経歴を持つ患者さんです。

身体検査では2割程度の体重減少があり、食欲低下が長期間におよんでいたであろうことがうかがい知れました。体に大きな異常があることは容易に予想できる状態です。お腹を触診してみると、指先に何やら触るものがあります。ちょうど胃の下辺りで大きさは親指大のかなり固いカタマリです。

こういった場合には若い猫では異物による消化管閉塞が頭に浮かびますが、長期にわたる経過症状がどうも合致しません。そのため消化管内もしくはそれに接する腫瘤(しゅりゅう、触診や画像検査でみられる正常でない塊のこと)なども含めて考えていかなければいけません。。。

診断のために超音波検査を実施いたしました。その結果、お腹の中のカタマリは消化管内異物ではなく、明らかな腫瘤でした。しかし、よく見慣れたものとは随分と違います。通常はどういった組織由来のものなのか超音波検査で予想できることが多いのですが、どうも判然としません。

細胞診(針による生検)を行ってみましたが、炎症を疑う細胞が少数みられるだけで、診断には至らず、腫瘤の正体に迫ることができませんでした。さて、困りました。。。

こういった場合、診断・治療を進めるために直接組織を採取し、また可能であれば同時に外科的解決を図る目的で全身麻酔下での開腹生検(お腹を開けて組織の一部を取ること)を行わざるを得ないことがあります。今回のケースはそれに該当します。

手術結果が不確定でハイリスクな選択であるため、飼い主さんと充分な相談の上で手術の承諾を頂き、猫ちゃんの体調を整え、手術を行うことになりました。下の写真は手術中のものです。(色調を落としておりますが、刺激的な写真であると思われますので、注意してご覧ください。)

お腹を開けると、膵臓十二指腸腸間膜に隣接して境界の明らかでない腫瘤緑色で囲まれたエリア)が見られました。腫瘤膵臓葉の大部分)と、の一部、腸間膜リンパ節を巻き込んで一塊のカタマリになっており、さらに裏側で回腸(小腸)の一部と癒着して一体化しておりました。

下の写真は同じ腫瘤をいろいろな方向から撮影したものです。腫瘤は正常な組織との境界が不明確なうえ、膵臓全域への癒着のため切除不能と判断し、生検を実施後に手術を終えました。

写真1 ———————————————-

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写真2 ———————————————-

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写真1の一部と膵臓(右葉)癒着して一体化している腫瘤があり、一部が膵臓内に白い結節を作って侵入しているのが分かります。写真2リンパ節との癒着と回腸の巻き込みが見られるものです。

写真3 ———————————————-

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写真4 ———————————————-

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写真3、は膵臓(右葉、左葉)リンパ節の一部と回腸を巻き込んでいます。この写真は写真2のちょうど裏側からになります。写真4、は膵臓に侵入した病変です。

生検した組織病理検査の結果は文頭に説明してあるような「GESF」を強く疑うもので、お腹のシコリは好酸球性炎症性病変による腫瘤でした。

この病気は腸内細菌の感染により、消化管腸間膜リンパ節につくられる多数の好酸球を含む炎症性変化が腫瘤を形成することを特徴としますが、どういった仕組みで病気が発生するのか?、どんな状態が病気に結びつくのか?、病気の分類はどうなのか?と不明なところが多いのが現状です。

治療は原因となっている炎症を抑えるための副腎皮質ステロイド投与腸内細菌の増殖を抑える抗菌剤投与、加えて高消化・高繊維食による栄養管理を計画いたしました。しばらく嘔吐は続きましたが、次第に元気食欲が回復して2か月ばかりの期間で体重が1キロ増えました。その後は全く症状も見られず、患者さんは元通りの生活に戻っただけでなく、そのころには超音波検査腫瘤が消えてしまいました。

現在、診断後2年を経過しますが、患者さんは投薬を続けながら普通に生活しております。残念ながら、一度治療をやめてしまった後に1か月程度で再び腫瘤が大きくなって症状が再発してしまったため、経過観察をしながら薬の使用量の軽減を目指しています。

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ご参考までに、GESFについて以下に臨床症状と、発生部位の特徴をあげておきます。

〇臨床症状は25例中、蝕知できる腫瘤の存在(100%)、嘔吐(84%、短期間から年単位)、体重減少(68%)、血液検査での好酸球上昇(58%)など。3例では胆汁排泄障害による高ビリルビン血症と肝酵素の上昇が見られた。

〇発生部位は25例中、幽門括約筋部(48%)小腸4例、回腸盲腸結合部6例、結腸3例、7例でリンパ節の腫大が見られた。

以上のデータは病理検査会社の有限会社パソラボ、http://patho-labo.com  内の「パソラボ情報」を参考にしています。記載データの根拠は下記文献によるものです。 

Feline Gastrointestinal Eosinophilic Sclerosing Fibroplasia ,Vet Pathol46:63-70(2009)

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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍

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