今回のコラムはジストと呼ばれる胃や腸などの消化管に発生するやや珍しい腫瘍のお話です。
この腫瘍、日本人では10万人に2人程発生する希少がんのひとつであるということですが、近年になって犬での発生が多く報告されるようになってきております。それは、病気が増えているというよりは、むしろ、今まで平滑筋肉腫や神経鞘腫などという診断名をもらっていた腫瘍が実はジストに分類されるケースが増えているからです。
当然ですが、このジスト。。。人よりもまだまだ情報量が少ないものの、人のそれとは若干異なる性格を持つ腫瘍であることが分かりつつあります。ところで、ジスト(以下GIST)は日本語では消化管間質腫瘍と呼ばれ、英語表記では以下のように、
GIST: Gastrointestinal Stromal Tumor というのが正式名称です。
人のGISTに関する情報として下記にリンクを張っておきますのでご参考になさって下さい。
がん情報サービス:http://ganjoho.jp/public/cancer/gist/
前置きが長くなりましたが、当院で、このGIST(消化管間質腫瘍)と診断し、外科的に摘出して、良好な経過を見たワンちゃんがおりましたので、このコラムで紹介させていただければと思います。
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”最近、なんとなく調子が悪く、食事を食べなくなってきて痩せてきました。よく嘔吐も見られます。”という訴えで、老齢のゴールデンレトリーバーが来院いたしました。診察室内で観察してみるとで確かに随分痩せて、毛づやも悪く脱水して、高齢であるということを加味しても見るからに何かありそうな状態です。
こういった場合には血液検査をはじめ、できるだけ細かい評価が必要になることが多いため、まず検査しましょう。ということになるのですが、身体検査の時点で既に異常が見つかりました。
お腹の中央部あたりで、指先に何やら固いカタマリのようなものが触れます。大きさは女性の握りこぶしくらいの腫瘤でしょうか。注意深く触診すると、つるっとスリップして腹腔内(お腹の中)を移動します。おそらく腸管、それも小腸の腫瘤であろうことが予想されました。
詳しい全身評価のために血液検査、レントゲン検査、超音波検査を続けて実施いたします。消化管腫瘍が疑われるような場合、比較的長期間の栄養不良や消化管内出血などが考えられ、血液検査での異常が見られることが多いものです。
血液検査ではやはり貧血と血液中の低たんぱく(低アルブミン血症)が見られました。どちらの異常も長期にわたる胃腸など消化器を原因とする慢性消耗性疾患に伴ってみられるもので、これから予想される開腹手術に際して、大きな障害、リスクとなり得る問題です。
お腹の中の腫瘍の診断とその評価には超音波検査が有効です。超音波検査機器の性能の向上により(パソコンの性能向上と同じレベルとお考えください)、腫瘍の発生元の臓器の特定やその周囲の臓器、リンパ節、血管分布、癒着などの評価を行い、手術計画まで立てることができます。
超音波検査の結果、腫瘤は小腸の筋肉の壁(筋層)に存在しておりましたが、既に筋層の大部分を置き換えて外側に大きく腫瘍化しており、同時に小腸内腔(小腸内容物の通り道)を圧迫していました。
貧血と低アルブミン血症がその後数日でさらに進行したため、手術前に輸血を行った後、小腸腫瘤摘出を目的とする開腹手術を実施いたしました。
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下の写真は手術時のもので、小腸の腫瘤を取り出しているところです。刺激的な写真のため、いつものようにやや色調を落としてありますが、注意してご覧になってください。
この腫瘤はまるでロールキャベツのように周囲に大網(胃の下方へエプロンのように腸の全面に垂れ下がった腹膜のこと)、がかなり癒着しておりました。また、一部、穿孔(穴が開くこと)した跡が見られ、その部分に特に強い癒着があります。(右上やや赤い組織)
下は、腫瘤を裏返したところですがここにも大網、腸間膜との癒着があり、中央部に穿孔した跡らしい癒着が見られます。
無事摘出した腫瘍のカタマリが下の写真です。腫瘤を形成して巨大化した小腸とその両端の正常な小腸をまとめて摘出します。その後、小腸の健康な部分を端々吻合(切り取った端どうしを縫い合わせて腸管をつなげること)を行い閉腹いたしました。写真で赤矢印で囲まれた腫瘤が左右の正常な小腸と連続しているのが分かります。
次の写真は摘出した腫瘤を青線に沿って縦方向に半分に切断した写真です。黄色の線で囲まれたエリアが小腸内腔で、消化された食事の通る管になっています。写真中央部、乳白色の腫瘤本体によって圧迫され、左側、2/3が狭窄(狭く絞られること)しているのがよく分かります。
この写真をご覧になって、消化された食事が小腸を通過するのが困難なのが想像できますでしょうか?かなり苦しかったであろうことは想像に難くありません。
摘出された腫瘤は病理検査の結果、消化管間質細胞腫瘍(GIST)と診断されました。病理医には幸いなことに腫瘤の完全摘出の判断を頂きました。
おおよそ一週間の入院を経て、このワンちゃんは無事に退院いたしました。術後しばらくは下痢と嘔吐、食欲不振に悩まされましたが、退院後には徐々に普段通りの生活を送ることができるまで回復いたしました。。。とりあえず一件落着です。
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人におけるGISTの概略は冒頭のリンクに挙げた通りですが、犬でのGISTはヒトのそれと若干異なるようです。まず、ヒトでは胃での発生が多いですが、犬では小腸での発生頻度が高い傾向があります。
GISTは上の図のように、「がん」とは異なり、腫瘍が消化管の筋層に発生し、周囲への浸潤性増殖を示さないため、粘膜からの出血や消化管閉塞をはじめとする症状を生じにくいのが特徴です。長期間経過して発見が遅れがちになるのは人のGISTと同じです。
犬のGISTは飼い主さんがその異常に気付いた時には既に、非常に大きな腫瘤として見つかることが多く、動物医療ではそれが「手遅れ」であるという判断により、外科手術がされないケースも残念ながら多いのが現状です。しかしながら、万難を排して手術を受けたワンちゃんはその「手遅れ」という判断に反して、完全切除できることが多いという特徴があります。現在のところ、犬でのGISTの治療の基本は最初の手術でできるだけ病変を取り去ることです。
GIST(消化管間質腫瘍)の原因とは?———————————————-
胃腸などの消化管壁には筋層(筋肉の層)があって、それが伸縮することで食事を消化管内で運んでいきます。この筋層を構成する細胞の一部に、消化管運動のペースメーカーとなっている、カハ-ル介在細胞というものが存在します。
カハール介在細胞はKIT(キット)と呼ばれる蛋白をその表面に持っており、正常なKIT蛋白は、細胞外からの「増殖せよという指令」を受けて、それを細胞に伝達するいわば「スイッチ」の働きをもっています。「増殖指令」がないのに増殖を促す刺激を続けてしまう異常によって、GISTの発生の引き金が引かれると考えられています。
つまり、GISTとは、このカハ-ル介在細胞に遺伝子的な異常が起きて「スイッチ」が壊れ、その結果として無秩序に細胞が増殖し、制御できずに腫瘍化したものと考えられています。
GISTはどう治療するか?———————————————-
犬のGISTは手術で腫瘍を完全に取り除くことが必要です。
しかしながら、それが不完全な切除であったり、完全切除であっても、腫瘍の悪性度によっては再発や多臓器、リンパ節への転移を起こすことがあります。これは単純に悪性腫瘍が転移する仕組みに加えて、「目に見えない微小な腫瘍」が残存し、腫瘍の「増殖スイッチ」が入ったままになっている可能性があるからです。
こういった細胞表面などに存在するこのいろいろな「スイッチ」を何とか調節できないか?という研究から生まれた一連のグループの薬を、分子標的薬といいます。
現在、多種多様な分子標的薬が主に人のがん治療の分野で積極的に使われるようになっており、既存の治療のあり方を変えるほどの大きな影響を与えていることをご存知の方も多くいらっしゃるかもしれません。
近年、人の医療に続くように動物医療でも、このKIT蛋白の異常を起こす遺伝子(c-kit)の変異を検査することが商用の検査センターで可能になってきております。
動物医療で利用できるがん治療のための遺伝子検査や分子標的薬の種類はヒトのものと比べるとまだ圧倒的に少ないものです。
この中で犬で多発する悪性腫瘍の肥満細胞腫に対して、その遺伝子変異を調べ、ある種の分子標的薬が適応かどうかの遺伝子検査を一般の動物病院でも行う機会が多くなってきております。
分子標的薬は犬の肥満細胞腫の治療を皮切りに、動物医療に広がりを見せてきています。
肥満細胞腫だけではなく、様々ながんや腫瘍に対しての効果が段々と明らかとなってきており、本来の薬の効果効能外での使用ということにはなりますが、がん治療に幅広く使用されるようになってまいりました。
最近では米国ファイザー(現在はゾェティス)が発売した経口薬(飲み薬)の「トセラニブ(商品名パラディア)」が2014年度に国内で承認を受け、犬用として発売されるに至っております。(下写真)
トセラニブや、それ以前に肥満細胞腫の治療に用いられてきた同じカテゴリーのイマチニブ(グリベック)、マシチニブ(キナベット)(日本未発売)を総称して、チロシンキナーゼ阻害薬(TKI)と呼びます。
これらの薬剤はいずれもKIT蛋白の異常による腫瘍の「増殖スイッチ」を「OFF」にする作用を持つため、GISTに対しての効果も人と同様に期待されています。
なお、当コラムに使用させていただいた人におけるGISTの説明、イラストは。ノバルティスファーマ株式会社の「グリベックなび」より一部、引用させていただいております。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍