今回のテーマは「皮膚がんとしてのメラノーマ」に関して、以前に当院のコラムで取り上げたものの続編になるものです。以下のリンクをクリックしてご参照ください。
以前のテーマのをお読みでない方はそのまま下記をご参照ください。冒頭文章には重複している文章がございます。
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はじめに。。。
悪性黒色腫(メラノーマ、malignant melanoma)はヒトでの苛烈な悪性腫瘍としてのイメージから、急性白血病と並びドラマ的な題材とされることの多い代表的腫瘍であり、誰しも一度は小説やメディアなどでその名前を聞いたことがあるのではないかと思います。
この腫瘍は人間だけではなく、もちろん犬にも存在します。診断上は悪性腫瘍の扱いを受けますが、その悪性度のパターンはヒトのものとはやや様相が異なります。
人間のそれでは、突然できた、もしくは大きくなってきた黒子(ホクロ)というものが悪性黒色腫を連想させますが、犬でも人と同様に皮膚、爪周囲、眼、口腔内(口の中)と発生する場所は多岐にわたり、いろいろなタイプの腫瘤を形成します。また、その悪性度は発生部位により大きく変化します。
犬では一般的に、「口腔内メラノーマは悪性」とか、「皮膚メラノーマは悪性の可能性はむしろ低い」というパターン認識が獣医師の間では比較的共有されています。ワンちゃんの皮膚メラノーマにおいては常に悪性ではなく、良性のことが多いということに驚かれる方も多いのではないでしょうか。
意外なことに犬では毛の生えている皮膚に発生するメラノーマの85%は良性であるとされています。人間のメラノーマのように悪性の挙動を示すようなものは急速に大きくなったり、腫瘤の表面が自壊して潰瘍となることも多く、大きさが直径2cmを超えることもあります。
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このような大きな腫瘤を形成した、皮膚がんとしてのメラノーマの1例が次の写真です。大きく隆起して大豆程度の腫瘤が5-6個くっついたようなカタマリを形成しており、長い方の直径は約4cmにもなっています。
皮膚メラノーマは良性のものが多いのですが、その中にはこういった極端に悪性度の高いものも含まるため、特にその診断と治療には細心の注意が必要です。
ところで、通常は良性のものが想定される皮膚メラノーマですが、そのパターンの当てはまらない例外の場所があります。そのひとつが爪下(爪床)から発生するメラノーマです。
爪下(爪床)のメラノーマは頻度こそ少ないものの、高頻度に悪性で、口の中にできる口腔内メラノーマや、皮膚がんとしての悪性皮膚メラノーマと並び、注意を要する悪性メラノーマのひとつです。
今回はその「爪下のメラノーマ」についての話題です。
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「前足のツメが折れて、指先が腫れて痛そうだ」、という訴えのお年寄りの小型犬が来院いたしました。
診察室では活発なワンちゃんでしたので、”痛そうだし、爪は折れているみたいだな”、という印象でしたが、なにやら患部の色調が変です。それに全く出血していません。。。
普通、「爪が根元から折れた」という訴えのわんちゃんには強い痛みと、なかなか止まらない出血を伴って来院することが多いものです。
よく見ると、爪は変形して周りの黒っぽいカタマリに囲まれてよく見えませんので、一見して折れてしまったように見えたのでしょう。爪ごと指をどこかに挟んで、内出血して腫れているのかなとも思いましたが、どうもケガの類とは違うようです。
飼い主さんは、詳しい経過が分からないということでしたので、嫌がるワンちゃんには我慢していただき、針生検による細胞診を行いました。細胞診とは注射針で目的の組織をわずかに採取して行う簡便な検査法です。
細胞診の結果はメラニン顆粒を含む悪性度の高い腫瘍細胞が多数採取され、発生部位が爪下であることから、この腫瘍が注意を要する悪性の「爪下のメラノーマ」であると判断しました。同時に依頼した病理医による診断結果も同様の診断となりました。
悪性メラノーマは高い確率で周辺リンパ節や肺をはじめとする他の臓器に遠隔転移を生じやすく、発見時にはすでに肺転移していたということも充分にあり得る話です。手術は早期に腫瘍を体から隔離しなければなりませんが、こうした末端部の悪性腫瘍に対してはその手段として断脚術や断指手術を選択します。
飼い主さんや、当事者のわんちゃんにとってはまさに「身を切らせて骨を断つ」、という選択となってしまいますが、脚の末端に発生した悪性腫瘍に対しては根治のためにこうした手術の提案が行われることはよくあることです。
手術は腫瘍がある指の3関節目まで切断する断指手術を実施いたしました。爪下のメラノーマに対しては断指手術は最低限必要です。断脚手術と比べると断指術は外観の違いは最小限ですし、患肢は温存されますので、手術後にも以前と変わらない生活を送ることができるでしょう。
下の写真が、指の先から3関節目(末節骨、中節骨、基節骨)までを切除する、断指手術によって切除された病変部です。右上に爪の周囲を覆い隠すように黒い腫瘤が見えると思います。(画像処理はしていませんので、注意してご覧ください。)
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手術後の経過は順調で、患者さんは翌々日に退院することができました。その後は元通りの生活に戻ることができています。断脚手術ではこのような短期間の回復というわけにはいきません。元気なワンちゃんの姿を見ながら、できるだけ長期間無事に過ごしてくれることを祈るばかりです。
メラノーマの摘出後に化学療法(抗がん剤治療)を行うことに関しては、人医療の分野も含めて不確実なところもあるのですが、今回は断指手術という手術方法なども考えて、抗がん剤のカルボプラチンの投与を実施いたしました。また、長期間のメラノーマの再発抑制を期待して、メラノーマに対する効果の報告があがっている分子標的薬のトセラニブの投薬を開始いたしました。
トセラニブに関しては次のリンクをご覧ください。
爪下の悪性メラノーマの遠隔転移による腫瘍死の可能性はおよそ半数近くに及びますが、このわんちゃんは手術後6か月を過ぎた時点で、幸いなことに再発もなく、肺をはじめとするその他臓器への転移は認められず、元気に生活してくれています。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長
井田 龍