今回のテーマは犬の「子宮蓄膿症」についてです。病気といえばまず頭に浮かぶくらいに、獣医療関係者には幾度となく経験するポピュラーでなじみ深い病気ですが、飼い主さんにとっては突然降りかかる、わんちゃんの生死に関わる一大事です。
———————————————-
かつて、この子宮蓄膿症はフィラリア症と並び、犬の寿命を縮める大きな要因だったと言っても過言ではありません。
子宮蓄膿症は不妊手術(卵巣子宮摘出術)を受けていない中高齢の雌犬にとても多く発生する病気です。近年では小型犬が増えて不妊手術を早期に行うことが多くなり発生率は下がってきてはおりますが、今だに緊急状態として接することの多い要注意な病気であることに変わりはありません。
この病気は名前の通り、子宮内に膿が蓄積されて起こる病気、つまり細菌感染症です。発情期を過ぎたあたりから膣から子宮の中に主に大腸菌、ブドウ球菌などの細菌が入り込んで生じる子宮内膜炎が引き金となります。
子宮内の細菌感染が体の防御の仕組みを上回った場合、炎症で生じた膿が子宮内に大量に蓄積したまま排泄できなくなります。さらに重度になると菌そのものや、細菌がつくる外毒素が体の中にめぐり、最終的には敗血症や腎、肝不全をはじめとする多臓器不全などの重大な合併症を生じて危険な状態に陥ります。
また、拡張した子宮に穴が開いて膿が腹腔内(お腹の中)に漏れたり、破裂して致死性の腹膜炎を生じて緊急化することもあります。
子宮蓄膿症は一見元気そうでも、悪化の過程には様々なパターンがあるため、病気に気づかずに来院した時には既にかなり進行していることも多く、そのまま放置した場合には数日で死に至ることもあります。
———————————————-
ではなぜ、子宮の中に膿がたまってしまうのでしょうか?
その原因のひとつが発情後1~2か月間の黄体期に出される黄体ホルモン(以下プロジェステロン)にあるといわれています。実は、このプロジェステロンには細菌感染の温床になる子宮内膜の増殖、子宮の出入り口となる子宮頚管を閉ざす役割、さらに免疫力を下げてしまう働きがあり、これらが組み合わさって子宮蓄膿症を生じます。
排卵後には妊娠、出産の準備のため黄体ホルモンが分泌され始め、これが子宮壁の嚢胞性過形成(子宮内膜が分厚くなり、水膨れしたような状態になること)を引き起こします。この状態の子宮粘膜は細菌感染しやすい環境になっています。
左下の写真が嚢胞性過形成を起こしている子宮です。緑色の線に沿って子宮を縦方向に切開し、拡大したものが右写真になります。子宮内膜が厚みを増すと同時に、狭くなった内腔に膿が貯まり始めています。
通常、子宮内に入り込む細菌は体の仕組みで自然に排除されますが、黄体期には精子を受け入れられるよう緩んでいた子宮頚管が閉ざされるため、細菌感染が生じやすくなってしまいます。
さらに高齢やプロジェステロンの影響で免疫力の弱った子宮内では細菌の増殖に歯止めがかからず炎症により溜まった膿は排泄され難く、蓄積して子宮蓄膿症となってしまうのです。
下の写真がこのようにして発症してしまった子宮蓄膿症のイメージです。
左側が正常な子宮を示すものです。犬猫の子宮は人間のものとは異なり双角子宮といって左右に子宮角を持ち写真のようにY字型をしています。
右側が子宮蓄膿症のもので、緑星印の部分に黄色で示されている膿が貯まり拡張した子宮の容積はずいぶん大きなものとなります。
———————————————-
以下に子宮蓄膿症の手術中写真を掲載しますのでご参考になさって下さい。
(色調はやや落としてありますが刺激的な画像の可能性がありますのでご注意ください。)
子宮蓄膿症は手術時には下の写真のように見えます。これは小型犬の子宮蓄膿症ですが、拡張してパンパンになってしまった子宮がお判りでしょうか。こうなってしまった子宮は破裂しやすく緊急化しやすいものです。(下写真)
大量に溜まった子宮内の膿は腐敗臭を発していました。
子宮蓄膿症は様々な形をとりますので、いくつか写真を載せておきます。次の写真は小型犬(約5kg)のものです。膿の蓄積は中程度で、比較的早期発見の子宮蓄膿症です。
次の写真も小型犬(約5kg)のものですが、発見がやや遅れたため膿がより蓄積して拡張し、子宮壁が薄くなってしまっています。
次の写真は大型犬(20kg~)のもので摘出した子宮は1㎏近くあります。
———————————————-
下の写真は、子宮蓄膿症の最悪を極める例のひとつです。発見が遅れたり、来院するまでに時間がかかってしまい、不幸にもお腹の中で子宮に穴が開いてしまった子宮蓄膿症です。(子宮から漏れた膿の状況をよくご理解いただくためにあえて画像調整をしておりません。)
膿が緑矢印のところから漏れ出ています。青星印で示した全体に「緑色の膿」が一面に溢れているのがお分かりかと思いますが、子宮が破れて間もない状態でしたので、このワンちゃんは「緊急の手術」でなんとか一命をとりとめました。
子宮破裂は、致死性腹膜炎を生じて処置が遅れれば必ず死に至ります。このような状況下での手術はより長時間となり、死亡率も非常に高くなります。さらに、腹膜炎の治療のために膿を排泄するためのドレナージを要するため、数日間はお腹を閉じることができません。膿がお腹から排泄されたら、再度お腹を縫う手術を行う必要があります。
———————————————-
子宮蓄膿症はおおよそ6歳以上の不妊手術を受けていない雌犬に高い確率で生じる病気です。特に中高齢犬で、今まで出産したことがない犬または長く繁殖を停止している犬に多いとも言われています。
私たち獣医師は、中高齢で発情が見られた1~2か月後に「最近やたらと水をガブガブ飲むようになった」や「元気・食欲がない」、「おなかが膨らんできている」、そういった飼い主さんからの「分かりやすい」訴えがあれば子宮蓄膿症を疑います。しかし、なんだか調子が悪い、だるそうなどという不定愁訴的なものだけであることも多く、診断する上で注意を要します。
疑いのある患者さんの確定診断は、超音波検査やレントゲン検査による拡張した子宮の確認と、血液検査による白血球の増加や炎症マーカーの上昇で行います。
こうして子宮蓄膿症と診断された場合の多くが早期の治療を求められます。根治のためには卵巣子宮摘出術を行って、膿がたまった子宮を取り除くことしかありません。この際に子宮蓄膿症に伴った様々な合併症を生じていることも多く、通常の卵巣子宮摘出術(不妊手術)と比べてリスクの高いものとなりがちです。
合併症には軽い脱水程度の軽度のものから、腎不全、肝不全、重度の貧血や低たんぱく血症(低アルブミン血症)、血液凝固不全、腹膜炎などの生命に影響があるレベルまで、様々な組み合わせが見られます。
摘出された子宮内の膿にはおびただしい数の細菌が含まれておりますが、近年の動物医療での抗生物質の濫用傾向により、抗生物質が非常に効きにくいか無効である高度耐性の細菌が増えています。このため、抗生物質の細菌に対する効き方を判定するための細菌感受性試験が必須になってきています。
———————————————-
リスクの高い外科的治療法以外に、治療の選択肢はないの?当然、こういったご質問を受けることは多々あります。利用可能な子宮蓄膿症の内科療法にはどういったものがあるのでしょうか。
近年、黄体ホルモンの働きをブロックすることを目的とするアグレプリストン(商品名Alizin「アリジン」、ビルバック)が画期的な薬剤として欧米で承認を受けて使用されるようになってきています。
以前は薬剤単独による治療はほぼ意味をなさないものでしたが、この薬の登場でようやく子宮蓄膿症の内科療法が選択できるようになったといえるのではないでしょうか。
しかし、残念なことにAlizin「アリジン」は現在、日本国内での承認が得られておりません。つまりどの動物病院でも手軽に購入、利用できるものではありませんが、動物病院によっては海外から独自に調達したものを利用可能な場合があります。
この薬剤は単独でも効果がみられますが、さらに子宮頚管を開いて子宮の収縮力を高めることによって膿を排泄させる作用のあるプロスタグランジン製剤を併用する方法があり、両者の組み合わせでより高い効果を期待できます。
しかしながら、いかに有効な薬剤でも内科療法では解決できない場合がどうしても生じます。この場合はやはり外科手術に頼らざるを得ないでしょう。
また、治療がうまくいっても次以降の黄体期に子宮蓄膿症が再発する可能性があるため、内科療法は何らかの理由で手術ができないという場合の補助的な治療と考えて頂いた方がよいかもしれません。それでも有効な治療の選択肢が増えたことの恩恵は計り知れません。
———————————————-
子宮蓄膿症は、不妊手術をしていない犬のおおよそ4頭に1頭がかかるとも言われ、一般的な動物病院で行われる手術の上位を占める病気のひとつです。
しかし、この病気は膿がたまる場所をなくすこと、つまり健康時に行う不妊手術によって100%予防できる病気です。通常、病気を「完全に予防できる」という病気はあまりありません。
子宮蓄膿症の手術は不妊手術で行われる卵巣子宮摘出術と基本的には同じ方法ではありますが、病的子宮の摘出、さらに高齢期であればなおのこと手術そのもののリスクが高く、生命にかかわるような合併症がしばしば併発しています。
この点に患者さん側の誤解が多いのですが、決して不妊手術と同じ条件でできる手術ではありません。
雌のわんちゃんを飼っていらっしゃる方、またはこれから飼おうとしている方には、高齢になる前の手術リスクが高くない時期に予防的な不妊手術を行うことをお勧めします。
予防的な外科手術が難しい場合には、発情期の終わりから抗生物質を2週間ほど投与することで、子宮蓄膿症のリスクを下げることができるという報告があります。
また、発情後1-2か月で卵巣や子宮の超音波検査を行うことにより、子宮内膜炎を起こしている子宮を早期に発見できます。
症状のないうちから健康診断の一環として受診することが理想的と思いますので、かかりつけの動物病院でご相談なさってください。
———————————————-
文責:あいむ動物病院西船橋
獣医師 西村 瞳