しっぽ

金星の太陽面通過

今回は、金星の太陽面通過についての話題です。前回に引き続きまたまた動物病院とは全くかぶらないテーマです。。。スミマセン

2012年は5月、6月と連続して太陽にまつわる大きな天文現象が二つありました。ひとつが前回5月の金環食、そしてその約1か月後の2012年6月6日、ニュースネタとしては前回の日食よりかなり地味な扱いではありますが、実は皆既日食よりもかなり稀な「金星の太陽面通過」(venus transitがありました。

備忘録としてブログにでも書いておこうと思いたちましたが、スタッフからは、”院長!、変なブログ書いてないでちゃんと仕事してください!”という声が聞こえるような聞こえないような。。。

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金星の太陽面通過と言われても普通はあまりピンと来ないと思います。金星による「小さな日食」といえばなんとなくお分かりになるでしょうか?
5月に見られた金環日食は視直径の大きな月にによってほぼ100%太陽が隠されましたが、小さい金星は太陽の3%くらいですから太陽の明るさはほぼ変わりません。

とても地味な現象ですが世界的に数年に一度起こる日食よりもはるかに少ない頻度でしか起こりません。どのくらい稀かというと。。。

まず2004年6月8日、日本では130年ぶり、世界的にも122年ぶりに、金星が太陽面を横切る現象がありました
それから8年が経ち、再び2012年6月6日に21世紀では最後の「金星の太陽面通過」を迎えました。現在、生存しているほぼ全ての人類にとって人生最後のチャンスです。次回は105年後、2117年12月11日まで起こりません。実に地味な現象ですが、まさに世紀の天文ショーといえるのではないでしょうか。

詳しくは国立天文台のサイトをご覧いただくといいかもしれません。http://naojcamp.nao.ac.jp/phenomena/20120606-venus-tr/index.html

実は8年前に起きた金星の太陽面通過では千葉県船橋市はあいにくの厚い曇り空に阻まれ、観察することがかないませんでした。というわけで、今回を逃すと40過ぎの私には次の太陽面通過を見るためには、少なくとも御年148歳までなんとしても生存していなくてはいけません。

これは金さん銀さんもビックリ(古い!)、100%ないでしょうから、死ぬまでに一度だけ何としてでも見なくては。。。というわけです。早速先月の金環日食で使った機材を引っ張り出してきました。

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ここで少々横道に逸れますが、太陽を直接見るという行為は目にとってかなりの危険を伴います。虫眼鏡のレンズで紙に太陽の光を集めれば炎が上がりますから当然のことですので、適切なフィルターで減光をしないと網膜に重大な損傷を引き起こす恐れがあります。

網膜は成人でわずか0.25mm前後の薄さですし、その損傷は修復がききませんのでくれぐれもご注意くださいね。

Human_eye_cross-sectional_view_grayscale.png
安全な減光には下の写真のような「NDフィルター」というものを用います。下写真のフィルターはND100000ですから、1/100000まで減光できるものです。殆ど黒いガラスで透かしても何も見えません。そんなレベルです。

DSC_2151 (2).JPG

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さて当日の朝は、遠足に行く小学生のように、ワクワクしていつもより早く目覚めましたが、先月の金環食と同じ、起床時にはあいにくの曇り空!、空は明るいのですが残念ながら太陽は見えません。

ちょっと早く家を出て、職場までの道のりを愛用の一眼レフと三脚、2キロ以上ある重い500mmの望遠レンズとともに、”出勤”しました。何やら特ダネの取材に向かうカメラマンのようです。

出勤?。。。そうなんです、前回の金環日食はたまたま月曜日の休みでしたが、今回は水曜日。週休1日のしがない自営業の身ですから、この日に特別に休みというわけにはいきません。
患者さんの予約もいつも通りですし、やらなきゃいけない手術の予定もあります。というわけで重い機材と一緒に通勤風景を見ながら病院に向かいました。。。

ところで、今回の金星の太陽面通過ですが、朝7時過ぎから昼過ぎの2時前まで長時間にわたって続きます。
職場には7時半くらいに到着しましたから、雲の向こうではもう始まっているはずです。うまく観察できれば下の図のようになるはず!(国立天文台のサイトより引用)

vt2012.jpg

病院に到着して空を見ると、なんだかさらに雲が厚くなって風も出てきました。。そしてなんとついに小雨が降り始めました。えええっだめかな?。。。天気予報は曇り時々晴れだったのにー。。。8年前と同じ。。。orz

「このがっかり感は半端ありません。」

これを逃せば100年以上待たねばならないとか、人生でこれほどの長い時間軸でがっかりさせられることって、そうそうないんじゃないんでしょうか。。。
まあ、落胆していてもどうにもなりませんから、とにかくいつものように仕事をはじめましたが、時々刻々変わる天気がとっても気になって仕方がありません。

結局、正午に午前の診療が終わり、雨はなんとか止みましたが今だに太陽は出ません。無情にも曇ったままです。休みであれば晴れ間を探してひた走ることができるのですが。。。
今回は、観測場所を変えるわけにはいきません。半ばあきらめのムードに抗って、まだまだ後2時間あると言い聞かせ、急いで昼飯を終了。外のベンチでひたすら空を見上げます。

先月の金環食と違って、世間的にはかなりのマイナー現象ですから、たくさんの人が空を見上げるわけじゃありません。まあ人口の0.1%くらい物好きがいればいいくらいでしょうか?世間様はこんな現象に気を止めるわけもなく、淡々と日本経済は動きます。

そんな状況ですから周りから見ると実に怪しい人間です。白衣を羽織ったオジサンが暇そうに口をぽかんと開けて、ぼーっと空を見上げている。。。何人かの通行人の方が怪訝そうにこっちを見ているようないないような視線を感じます。

まあ、とにかく今日は人目は気にしない日です。

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待つこと数時間、お昼を過ぎてついに午後1時を過ぎてしまいました。人生を賭けた?この世紀の天体ショーの観察も、なんと!あと1時間ちょっとで終わりというところです。。。

半ばあきらめていたのですが、今更後には引けません。幸いにも上空の風が強く、分厚い雲でさえ、右から左へとどんどん流れていくため、そのうち雲の切れ間からわずかな時間ですが、太陽は見えませんが薄日が差し込むようになってきました。

今までの落胆はどこへやら、もしかしたらいけるかも。一転気持ちが高ぶります。。。

カメラのファインダーを必死に覗いていると、突然、太陽の輪郭が見えるくらいの厚さの雲が途切れる一瞬の数秒の間、おおおー、見えました!!!観測用フィルター越しに太陽面に浮かび上がる漆黒の小さな黒い球が。。。金星!最初は目を疑いました。

金星といえば宵の明星、キラキラ明るく派手な星ですが、明るい太陽をバックに真っ黒に見えています。それもまん丸!!!(金星は地球より内側を公転する内惑星ですから満月のような丸い姿を見ることは通常は不可能なのです。)

”おー、スゲー!”、と一人でガッツポーズ。これまた怪しい光景。。。もはや人目は気にしません。

厚い雲がどんどん流れてきて太陽を隠してしまうので、シャッターチャンスはあまりありませんでした。とにかくシャッター切れる間はずっと撮影して、一番最初に撮れた画像が1時過ぎの下の画像です。

真ん中の白い大きな円が太陽、金星は太陽の「3時ちょっと過ぎ」の位置の小さい「●」です。太陽の表面にはそばかすのようないくつかの活発な黒点が見えています。

DSC_2484 (2).jpg

1時26分、だんだん金星が太陽の輪郭に近づいていきます。
DSC_2520.jpg

1時28分、もう少し。。。

DSC_2529 (3).jpg

1時30分、ついに感動のクライマックス第3接触
(金星と太陽の内と外が接触すること)

DSC_2534 (2).jpg

太陽の縁に金星が接触する際には、金星が「黒いしずく」、のようにしばらく太陽の輪郭部にしばらく留まったように見える「ブラックドロップ」と言われる現象を見ることができるとされていました。

ところが、140年弱経って、その次に起きた前回の太陽面通過の際には、この現象は単なる光学機械によるもの(レンズの加工精度の問題?)で、当時の観測装置が今のものと比べて随分と貧相だったからという結論になったようです。
つまり、金星の太陽面通過という自然現象があまりに稀なので、その発生間隔で人類の持つ基本的なテクノロジーさえも変化してしまったというところでしょうか。

今回の太陽面通過はNASAによって人工衛星による詳しい観察もされました。次回の100年以上先の世界では、いったいどういうかたちで観察されるのでしょうか?
もしかしたら、「太陽面通過を見にちょっくら宇宙に行ってくるよ」的なツアーができているかもしれません。ただしその時まで、平穏無事に今の世界や文明が健全に存在できていればの話ですが。。。

とかく日常の些末なこと追われがちな我々ですが、こんな身近に起きて誰も気にしないような現象の中に、自然の悠久さの一端を感じることができる、という一例でしょうか。そんな瞬間に偶然にも立ち会うことができて、ドキドキハラハラも含めて感無量の一日でした。

さて、コラムをお読みなった方はいかがお考えになるでしょうか?

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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍

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