>>>犬のファンコニー症候群について
ファンコニー(ファンコーニ)症候群(Fanconi syndrome)という病気はもともと人間で定義されている稀な疾患で、腎臓の尿細管といわれる組織の機能不全によって生じる病気です。
遺伝的な側面の強い病気であり、人間では多飲多尿を伴う脱水症、「発育の問題」やリン酸塩の不足から生じる小児の「くる病」、大人には骨軟化症や「筋力の低下」を生じるとされています。
犬でのファンコニー症候群はそのほとんどが特定犬種に遺伝的に生じるものであり、日本国内では飼育頭数の少ないバセンジーなどで発生しやすい遺伝性疾患として知られています。
ファンコニー症候群は腎臓の機能不全のひとつです。尿をつくる上で重要な近位尿細管でのしくみ、つまり「捨てられてしまったさまざまな物質を再吸収する」しくみが働かないことによって起こる病気です。
つまり、この病気では本来は尿にはほとんど排泄されないか制限されているような物質、例えばブドウ糖、アルブミンなどのタンパク質、ミネラルや電解質、酸塩基平衡(体液バランス)をつかさどる重炭酸イオンなどの物質が尿に捨てられてしまいます。
つまり、ファンコニー症候群とは体にとって重要な物質の欠乏によって、生存に必要な機能を保てなくなる病気のことなのです。
ファンコニー症候群では体に必要なさまざまな物質の欠乏が起こりますが、この病気の本態は主に重炭酸イオン(HCO3- )の喪失による体液バランスの崩壊によって血液が酸性に傾く代謝性アシドーシスを生じるということです。この持続的な酸性化、アシドーシスによって進行性の腎臓へのダメージが蓄積されて尿そのものを生成できなくなる糸球体腎症による腎機能不全を引き起こし、多臓器不全を生じて死に至ります。
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ご参考までに腎臓と尿をつくる腎糸球体(腎臓内にある微細な構造)の写真を下に示します。左が腎臓を縦に割った模型、右写真が尿をつくる最小単位の腎糸球体を拡大した模型です。腎糸球体は非常に小さな顕微鏡レベルの組織ですので肉眼で見ることはできませんが、左写真の矢印で示すエリアの腎皮質に無数に存在して休むことなく尿の元となる原尿をつくりだしています。
この原尿は血液から濾過されたばかりで体に必要な物質がたくさん含まれている、まだ体液に近い状態です。右の図でピンク矢印で示す血液が腎糸球体で濾過されて黄色矢印の原尿が排泄される様子を表しています。
黄色矢印の先には近位尿細管があり、そこでブドウ糖、水、ミネラルをはじめとする体に必要な物質がまず再吸収されます。そしてさらに下流の尿細管へと続く過程により、不要なものを排泄して必要なものを再吸収するプロセスを繰り返して「原尿」は老廃物を多く含む「尿」へと次第に変化していきます。
上記のような一連の尿の生成の仕組みのうち、近位尿細管の再吸収の機能がうまく働かずに必要な物質が排泄され続けてしまう病気がファンコニー症候群という病気の本態なのです。
ファンコニー症候群はバセンジーを代表的な犬種として、ノルウェイジャンエルクハウンドにも遺伝性疾患として生じる可能性があり、少数ながらシェットランドシープドッグやシュナウザーにも報告があります。アメリカ合衆国ではバセンジーの約1割がファンコニー症候群を発症する遺伝子を持っているといわれています。
>>>ファンコニー症候群の症状は?
ファンコニー症候群の診断のきっかけになる症状の多くは飲水量や排尿に関する問題です。具体的には「水を飲む量が多い」、「尿量や排尿回数が多い」とか「尿が薄い」、失禁、脱水などがあげられます。
この病気では尿糖の影響で膀胱に細菌感染が起きやすいため、膀胱炎の治療の際や健康診断での尿検査で尿糖が見つかるということがきっかけになることもあります。
ファンコニー症候群ではその初期には多飲多尿に関する問題以外は正常なことが多く、特に健康問題がみられないことがほとんどです。しかしながら数年の期間を経て次第に病勢が進んできた場合には、体重減少や栄養不良などによる毛づや、皮膚コンディションの悪化などが次第にみられはじめ、疾患末期には虚弱状態に至ります。
>>>ファンコニー症候群の診断と管理は?
ファンコニー症候群は「血液検査での高血糖を伴わない尿糖の出現」、腎性糖尿病や低比重尿(薄い尿)がみられる以外は正常であることが典型的です。一般的に過度な多飲多尿を伴うバセンジーでこれらがみられた場合にはまず疑うべき病気です。
ファンコニー症候群が疑われた場合には、その診断のために血液ガス分析器という専用の機器を用いた血液検査を行います。血液ガス分析では血液中の酸塩基平衡(酸・アルカリのバランス)を決める以下の項目を測定します。ファンコニー症候群の診断はもちろん、特に重要な重炭酸塩の補給の開始のタイミングやその調節などの維持・管理を行うために必須の検査です。
・Ph 【ペーハー】
血液の酸性~中性~アルカリ性を示す指標
・HCO3- 【重炭酸イオン】
血液中のアルカリ元を代表的する指標
・BE 【ベースエクセス】
血液中の重炭酸イオンの過不足の指標
・PaCO2 【二酸化炭素分圧】
血液中の二酸化炭素量
ファンコニー症候群はできるだけ早期に発見する必要があります。通常は3歳以上のバセンジーで多飲多尿がみられるということ正常血糖値での尿糖陽性がみられることがほとんどですが、1歳未満の若齢での発生や尿糖の出現前に重炭酸イオンに異常がみられる例もあるため、若齢期から、半年に一回程度の血液ガス分析や定期的な尿検査が望ましいでしょう。
>>>ファンコニー症候群の治療と管理は?
遺伝性のファンコニー症候群の完治は望むことができません。
治療上は初期には全く問題なく見えても次第に進行していく病気であるという認識を持つ必要があります。
ファンコニー症候群は初期に診断され適切に管理されることによって、長期間の良好な生活を送ることが可能です。つまり、治療の目的は病気により尿へ排泄されてしまう水、カリウムなどの電解質やミネラル、重炭酸塩、アミノ酸、たんぱく質、ビタミンなどの体に必須な物質を補給し続けてコントロールし続けることです。
ファンコニー症候群の治療と管理の最終的な目標は尿に排泄されてしまうアルカリ元である重炭酸イオン(HCO3- )を補充するために重炭酸ナトリウム製剤を投与して血液が酸性に傾くアシドーシスを予防するということです。つまり、血液ガス分析の測定値を安定化させることが管理上重要なことは言うまでもありません。
しかしながら、血液ガス分析によってまだ重炭酸イオンの不足がみられない状態であっても注意すべき事項があります、
ファンコニー症候群では、初期症状としては患者さんにはまだ明らかな健康問題が表れていないことが多いものですが、これは体の代償機能(だいしょうきのう、代わりの調節メカニズム)が働くことで、問題が出難くなっているに過ぎないものです。
ファンコニー症候群の本態は重炭酸イオンの欠乏ですが、他にも欠乏している物質とそれを補う代償機能が働いている可能性があります。このことは、ブドウ糖などのカロリー元や各種のミネラル、たんぱく質、ビタミンなど多岐にわたります。
代償機能の働きは重炭酸イオンに関しても同様で、血液ガス分析に異常が表れた場合にはそのメカニズムではもはや埋めることができないということを意味しています。
つまり、ファンコニー症候群では重炭酸イオンをはじめとして欠乏を起こす物質を健康そうに見えるうちから補い続ける必要があります。つまり、ファンコニー症候群による尿細管障害が進行して、尿をつくるしくみの大元が破壊されてしまうような糸球体障害から腎機能不全となる前に、欠乏が予想される物質の補給を順次開始していく必要があるという認識が重要です。
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上記を踏まえた自宅での管理のポイントは以下の通りです。
まず、ファンコニー症候群に特徴的な多飲に対して、充分な水分を確保して脱水を予防するために「新鮮な水」をいつでも飲めるようにしておくことが必要です。「排尿の問題のために水分を制限」してはいけません。充分な水分を摂ることは腎機能の維持のために重要なことです。
食事は、尿中に失われ続けるタンパク質を補うために良質な蛋白源による高蛋白高カロリーのフードに切り替える必要があります。蛋白源として魚や家禽の製品を与えているのであれば、牛肉やラム肉などの家畜の肉を原材料としたフードに変更したほうが望ましいとされています。副食に肉類を与えてもよいでしょう。
ファンコニー症候群ではブドウ糖などのカロリー元、水やタンパクのみならず、ミネラルやビタミンなどさまざまな栄養素も同時に失われてしまいます。これらすべてを食事に頼ることは難しいため、ミネラル分を含むようなマルチビタミン剤やアミノ酸サプリメントを食事に合わせて与えるとよいでしょう。(下写真はマルチミネラル・ビタミン剤のPet-Form、フジタ製薬株式会社、※現在は販売停止)
なお、上記の注意点はファンコニー症候群の疾患末期に起こる糸球体障害による腎機能不全を起こしている場合には必ずしも適用されませんので注意が必要です。
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最後に。。。
ファンコニー症候群の診断、管理のためには、その判断の要となる重炭酸イオンなどはじめとする酸塩基平衡の評価が可能な血液ガス分析機が必要です。当院で使用している血液ガス分析機はファンコニー症候群の診断・管理に必要な測定項目を満たしています。
文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍