甲状腺機能低下症

>>>犬の甲状腺機能低下症とは?

甲状腺は喉のやや下の左右にあり、甲状腺ホルモンなどを分泌する腺組織です。小さな組織ではありますが、人を含めた動物が生存するために必要な代謝をつかさどる甲状腺ホルモンを分泌し続けることで、休むことなく代謝のコントロールを行っています。
それなしにはすべての細胞、その集合体の組織、生物は生き続けることができないという意味で、甲状腺は生命維持装置のひとつとして極めて重要な役割を担っています。

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甲状腺機能低下症は犬では代表的な内分泌疾患の一つで、クッシング症候群に次いで多くみられます。甲状腺で産生・分泌されるサイロキシン(T4)やトリヨードサイロニン(T3)などから成る甲状腺ホルモンの欠乏によって起こり、程度は様々ですが、運動性の低下、無気力、肥満傾向などの典型的な症状を起こしやすいとされています。

甲状腺機能低下症はその発生のメカニズムから、大部分を占める原発性、発生の少ない二次性(下垂体性)三次性(視床下部性)の3種類の原因に分類されます。
このように原因が複数なのは甲状腺機能がいくつかのホルモンから構成される「3階建てのしくみ」で調節されているためです。
まず一階部分の異常である「原発性」とは甲状腺ホルモンを分泌する甲状腺そのものに異常があることをいいます。犬の場合、ほとんどの甲状腺機能低下症原発性であるといわれています。
「二次性」とは甲状腺ホルモンの分泌の調節をしているさらに上位の甲状腺刺激ホルモン(TSH)分泌する脳下垂体の異常、「三次性」では、TSHよりさらに上位の甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)を分泌している視床下部の問題によって生じます。

甲状腺機能の低下が生じるのは、甲状腺組織に対する自己抗体による長期にわたる甲状腺の破壊の結果、つまり慢性化した甲状腺炎や、原因がよく分からない特発性甲状腺萎縮の最終的なかたちであるようですが、多くは自己免疫が大きく関わる免疫介在性疾患によるものだろうと考えられています。

また、甲状腺腫瘍(甲状腺癌)の際にも甲状腺機能低下症がよくみられます。甲状腺腫瘍によってたくさんの甲状腺ホルモンが放出されるという連想が働きますが、実際には甲状腺ホルモンは正常か、むしろ低下することがほとんどです。

ー>犬の甲状腺腫瘍(甲状腺癌)について

 

>>>犬の甲状腺機能低下症の症状は?

甲状腺ホルモンは生きていくためのエネルギー代謝をはじめとして、体をかたちづくる蛋白脂質ビタミンなどの利用、合成、排せつなどの代謝に影響します。このため、甲状腺機能低下症は全身的にさまざまな影響を生じます。
低体温嗜眠(しみん、寝がちになること)、肥満、皮膚の色素沈着角化亢進脱毛などの皮膚異常がよく観察されます。
その他にも「運動したがらない」、「無気力」、「生殖能力の低下」、「歩行の異常」、「筋力低下」などはっきりしないものや前庭障害顔面神経麻痺咽喉頭麻痺などの一見して神経疾患を疑うような異常であるとか、甲状腺機能低下症を予想し難い、単なる老化現象と判断されるようなものまでを幅広く含みます。

下の2枚の写真は甲状腺機能低下症でみられる教科書的な典型像を示すものです。
左下写真がいわゆる「Sad face(悲しげな風貌)」といわれるもので顔面の「むくみ」により生じます。甲状腺機能低下症の犬は粘液水腫と呼ばれる状態を真皮につくりだし、顔面皮膚皮膚や「顔のしわ」がむくむように厚くなるため、悲しげな風貌になっていることがあります。有名な症状ではありますが、生じていなくとも甲状腺機能低下症を否定することはできませんので注意が必要です。

右下写真は皮膚が黒色に変色する色素沈着を示しています。色素沈着をはじめとする皮膚症状甲状腺機能低下症の犬で典型的な異常であり、その他にも特に痒みを伴わない体の対称性脱毛や尻尾の脱毛ラットテイル)がしばしばみられます。

甲状腺機能低下症.JPG 甲状腺機能低下症2.JPG

 

>>>犬の甲状腺機能低下症の診断は?

甲状腺機能低下症はその表れ方が多岐にわたるため、症状のみで病気を予想するのは困難です。診断には一般的な血液検査と合わせて甲状腺関連ホルモンを調べます。甲状腺関連ホルモンにはいくつかの種類がありますが、犬では指標物質としてサイロキシン(T4)を測定して甲状腺機能基礎値とします。

甲状腺機能低下症甲状腺に原因のある原発性脳下垂体視床下部と呼ばれる脳からの刺激ホルモン分泌の異常による二次性または三次性によるものをできるだけ区別して診断する必要があります。
さらに甲状腺疾患によらない見かけ上のサイロキシンT4)の低値を示す、Euthyroid Sick Syndrome症候群)とを予想して診断から除外する必要があります。そのためにはT4に加えてfT4遊離型T4 :蛋白結合していないT4の形態のひとつ)や、TSH(甲状腺機能刺激ホルモン)の値を、ホルモン補充療法治療を開始する前に検査することが必要です。

甲状腺機能低下症に伴う血液検査での異常は、甲状腺ホルモン以外には高コレステロール血症中性脂肪値の高い高トリグリセリド血症などの高脂血症や軽度の貧血などがみられます。

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〇 Euthyroid Sick Syndrome とは?

Euthyroid Sick 症候群とは甲状腺機能正常(Euthyroid)であるにもかかわらず、それ以外の原因で、甲状腺ホルモンが低値になる状態のことです。原因には腫瘍感染症循環器疾患貧血糖尿病クッシング症候群慢性腎不全など多岐にわたる病気が挙げられます。

また、抗てんかん薬副腎皮質ステイロイド剤などの一部の薬剤でも甲状腺ホルモンが低くなることがあるため、甲状腺機能低下症と診断する前には、その他の病気や使用している薬剤などを除外診断しながら行います。
Euthyroid Sick症候群とは長期にわたって全身状態が悪化したり、特定の薬物の作用に対して体が基礎代謝を低下させて対処しているという生理的に正常な反応のひとつです。このため、原因となっている状態が取り去られれば甲状腺基礎値は正常な値に戻ります。こうした状況下では治療薬としての甲状腺ホルモンの補充は必要ありません。

 

>>>犬の甲状腺機能低下症の治療は?

甲状腺機能低下症の治療には不足している甲状腺ホルモンを、治療薬(合成レボチロキシン)によって補充するホルモン補充療法を行います。治療開始後1~2ヶ月程度で体重減少、運動量の改善、発毛や毛質や何らかの症状の改善が認められます。
甲状腺の機能低下によって薬物代謝にも変化が起きるため、治療開始からおおよそ1か月後に再評価を行い治療薬の量を調節し、その後も3~6か月ごとに甲状腺機能をチェックと投与量の調整を行う必要があります。甲状腺機能低下症は治癒することはありませんので、甲状腺ホルモン補充療法は、生涯続ける必要があります。
下の写真は上記の柴犬での甲状腺機能低下症に対してレボチロキシンによる治療を約2か月間行った後のものです。治療前と比較すると風貌に明らかな違いがみられるのがお分かりかと思います。

甲状腺機能低下症、治療後.JPG

人間の甲状腺機能低下症に関しての下記のリンクがこの病気の理解の上でご参考になると思われますのでご覧いただければと思います。

ー>メルクマニュアル「甲状腺機能低下症」

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文責:あいむ動物病院西船橋 獣医師 中山光弘

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