>>>犬の耳血腫とは?
耳血腫とはよくみられる耳介に生じる外傷性の変化です。人間では同様な異常が起こることはあまりないため、急性の耳血腫が起きた場合には飼い主さんはびっくりして来院されることが多いものです。
耳血腫(耳介血腫)は人間では柔道などの格闘技や、ラグビーなどの頭部に激しい刺激を繰り返し起こすスポーツによって生じるスポーツ外傷としてよく知られていますので、こういったスポーツをされる方にとっては身近なものかもしれません。
犬の耳介は「自由に動かせる集音装置」であり「コミュニケーションの道具」、「車のラジエーターのような放熱作用」や「耳道や鼓膜を保護する働き」など多様 な機能を持っています。
その機能を担うために耳介軟骨の周囲はたくさんの血管が存在します。この豊富な血管が何らかの外部の刺激により破たんして、耳介軟骨と皮膚の隙間を押し広げながら溜まった主に血液などの液体 が耳血腫の正体です。下記に耳血腫の仕組み下図に示します。
【耳血腫の模式図】(アニコム損害保険、どうぶつ親子手帳から引用)
ー> ワンちゃんの病気、耳血腫
>>>犬の耳血腫の症状は?
耳血腫は耳介への反復する、特に後ろ足によって激しく掻く、もしくは頭部を激しく擦りつけたり、振ってバタバタさせることによる耳介への打撃により生じ、それがそのまま耳血腫の症状となります。
急性の耳血腫の中身は血液やそれが固まった血餅です。血腫が小さければ自然に吸収することもありますが、耳血腫そのものの不快感に加えて、原因になっている外耳炎などの影響で自ら損傷を悪化させてしまうため、耳血腫が元通りに回復するような自然治癒はあまり見込めません。
耳血腫は何の問題もないところに単独に起こることは少ないため、同時にみられることが多い外耳炎、中耳炎などの耳の病気の症状を伴います。その他の要因には耳介やそれに近い部位の皮膚病や外傷、腫瘤、外部寄生虫など多岐にわたります。
>>>耳血腫の診断は?
耳血腫の診断はその外見上の大きな変化でですが、耳介の一部だけであったり、重度の場合には全体が腫れてしまうこともしばしばです。反復する刺激と耳介の皮膚炎により多くは熱感を持っています。耳血腫はその特徴的な外見と犬が示す不快感や併発する外耳炎などにより診察室で容易に診断が可能です。
耳血腫はその大きさを増すほど不快感が強くなります。また、耳血腫で重たくなった耳介は頭部や周辺に勢いを増して打ちつけられるようになり、痛みや損傷などがさらにひどくなります。下の写真にそういった重度の耳血腫の例を挙げますのでご覧になってください。
次の写真はアトピーに関連すると思われる長期の外耳炎(中耳炎)と耳介その他の部位にも脂漏症による皮膚炎を常に起こしている例です。耳垢には大量のマラセチア、ブドウ球菌が見られました。
次の写真は耳の汚れが常にみられるために外耳炎もしばしば発症し、耳血腫を繰り返している例です。耳垢からは常に大量のマラセチア、細菌が検出されています。
上記の耳血腫はいずれもマラセチアが関与する外耳炎に続発したものでした。マラセチア感染はワンちゃんの耳に強い痒みを引き起こす外耳炎の原因として頻度が高いものです。
マラセチア(Malassezia pachydermatis)は酵母様真菌というカビの一種です。同じカビではありますが、人で強い痒みを起こす水虫のカビ(糸状菌)とは違うグループに属します。下の写真がマラセチアの顕微鏡写真です。紫色のピーナッツのように見えるのがマラセチア酵母です。
健康な外耳道や皮膚には常在菌として少数存在して、通常は問題を引き起こすことはありませんが、マラセチアが好む湿度や温度、栄養とする脂分が多い環境では異常に増殖して、正常な皮膚の環境を壊してしまうのです。この条件がそろいやすいのが耳道、耳介の皮膚であり、さらにアトピーであったり脂漏症などの皮膚のバリア機能が低下した条件ではより拍車がかかります。
マラセチアが引き起こす痒みが強い理由は2つあります。まず、マラセチアは酵母の一種ですから、皮脂を発酵させていろんな代謝産物(ゴミ)を排泄し、これが皮膚に対して強い刺激となります。またマラセチアの菌体そのものが強いアレルギーを引き起こすために、そこに生じる皮膚炎もまた強い痒みの原因となるためです。
>>>耳血腫の治療は?
耳血腫の大きさにもよりますが、まず血腫に針を刺して注射器で内容物を抜去いたします。血腫が除去されると不快感がかなり低下いたしますが、そのままでは数日で血腫が元通りになってしまうため、再発防止のために耳介を圧迫するような包帯を巻きます。
同時に薬物による治療を行い、急性耳血腫で生じている強い炎症による痛みや不快感を抑え、さらなる悪化を防ぐために副腎皮質ホルモン製剤が使用されます。また、この際に標準的治療からはやや外れますが、血腫内にインターフェロンの投与を行われることもあります。
耳血腫のほとんどが外耳炎や中耳炎、耳介周辺の皮膚病を伴っているため、その治療を同時に実施いたします。
あまり活動的でない小さな耳血腫は上記の方法で治癒に向かいますが、大きな耳血腫や血腫内での出血や体液漏出が活発な場合には圧迫のための包帯や耳介軟骨と皮膚が再接着、治癒する働きを上回ってしまい、しばしば再発します。
下の写真は鎮静処置を行った後に耳介の皮膚に切開を加え、血腫を除去したものです。広い切開によって内容物が常に排泄され、耳血腫を減圧するることができます。必要であれば切開部位にドレーンを装着して包帯を交換しながら、耳介軟骨と皮下組織の接着を待ちます。
上記のような処置でも出血や体液をコントロールできずに再発を繰り返す場合には全身麻酔下での手術となります。血液や血餅などの血腫内容の完全な排出と血腫内のデブリードマン(debridement: 治癒を邪魔している不要な壊死や繊維化した組織などを除去して、患部を清浄化すること)して、耳介軟骨と血腫によってはがされてしまった皮下組織、皮膚を接着させることを目的に縫合を行います。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍