>>>犬の胸腰部の椎間板ヘルニアとは?
正常な椎間板は左下の図のように椎骨(背骨)の骨と骨の間に存在し、中心にあるゼリー状の髄核と、この髄核を取り巻く線維輪で構成されており、背骨に加わる圧力を吸収するクッションの働きをしています。模式図参照
椎間板ヘルニアとは、この椎間板が加齢や遺伝的な素因によって変性して、髄核や繊維輪の一部が突出して脊髄神経を圧迫やその際の出血や周囲の炎症などにより生じる激しい痛みや痺れ、その神経の支配を受ける部位の知覚や運動神経の麻痺などの神経症状を生じる病気です。首〜腰までのいずれの椎間板でも起こりえますが、約8割が胸部と腰部の椎間で発生します。特に、胸椎と腰椎の中間付近(肋骨がなくなる辺りの椎間)で最も発生頻度が高くなります。犬種ではダックスフントでの発生が際立って多く、その他、ペキニーズ、ビーグル、パグなどにもみられます。
※模式図はアニコム損害保険、「どうぶつ親子手帳」、「椎間板ヘルニア」から引用しました。
ー>アニコム損保、動物親子手帳
>>>椎間板ヘルニアの症状は?
代表的な症状としては様々な程度の痛み、歩行異常、排尿障害を生じます。
痛みを示しているわんちゃんの表現方法は様々です。「ヘルニア」が起きた部位を、「触ろうとすると嫌がる」というのが分かりやすい症状ですが、「動きたが らない」、「ふるえ」や、「筋肉の緊張」も痛みの症状のひとつです。どこを触ろうとしても鳴き叫んだり、抱き上げる際にどこかを痛がるような、痛みの部位がよく分からないこともしばしばです。
歩行異常は軽度のものから、知覚や運動調節機能の喪失によって不全麻痺、完全麻痺に至るまでの段階があります。軽度のものでは「段差を登れない」、「後肢のふらつきがある」、「ターンする時に後肢がよろめく」などの変化で異常に気づくかもしれません。重度のものでは起立不能に陥ります。
排尿障害はトイレまで歩けなかったり、後肢が踏ん張れないために排尿姿勢が取れないなどの理由もありますが、尿意なく漏らしてしまう失禁や排尿困難などの排尿障害をきたすものが見られます。排尿困難を伴い、痛覚の消失の程度の大きいものは重症度と緊急性が高いと判断されます。
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〇胸腰椎の椎間板ヘルニアのグレード分けについて
椎間板ヘルニアは上記のような特徴的な症状がその重症度によって段階的にみられてきます。神経損傷のレベルによって治療内容や緊急性、予後を判断するために以下のようなグレード分けがなされます。
一般的にはグレード3以下は内科療法、それ以上が積極的な外科的治療の対象となると思われます。しかしながら、グレード5に分類されるヘルニアの治療は外科治療をもってしてもあまりよいものとは言えません。
〇グレード1
痛みがあるが麻痺は見られない状態です。運動することを嫌い、背中を丸めたり、階段の上り下りを躊躇します。抱きかかえると痛みを起こしたりします。
〇グレード2
不全麻痺が起きて運動失調を起こした状態です。歩行は可能ですが、後ろ足の力が弱くなってふらついたりターンができなくなります。後ろ脚の接地感覚がなくなってきています。
〇グレード3
進んだ不全麻痺の状態です。後ろ足の感覚が消失して自分で動かすこともできなくなり、前足に引きずられて動くようになります。
〇グレード4
後ろ足の完全麻痺と痛みに対する知覚の低下とともに排尿のコントロールを失なった状態です。膀胱は拡張しても尿意が起きず垂れ流しのような状態になります。
〇グレード5
完全麻痺とともに深部痛覚の消失が起こります。脊髄損傷が最も深いレベルまで進行した状態です。非常に強い痛み刺激を与えても感じることがありません。
>>>椎間板ヘルニアの診断は?
レントゲン検査が最初に必要な検査ですが、この検査では椎間板ヘルニアの確定診断にはなりません。「ヘルニア」はレントゲンに映り難く診断精度が高くないために、体の各部の刺激に対する反応を評価しながら系統的に行う、神経学的検査により神経的な異常部位とレントゲン検査の結果と合わせて病変の場所を予想します。下の写真ではヘルニアがある部位にはレントゲンでの異常が見られません。
椎間板ヘルニアの確定診断や外科治療を検討する際にかかせない検査がMRIやCTです。これらの画像検査により、椎間板ヘルニアの診断と、その部位、脱出物の評価や脊髄神経にどのぐらいの障害を及ぼしているのかを正確に確認することができます。この検査によって正確な診断と適切な手術計画を立てることができます。
MRIでの椎間板ヘルニアが下の写真です。黄色丸の中にヘルニアを起こしている圧迫物質が「黒い影」として映っています。左写真がサジタル像(側面像)です。上の写真と全く同じ部位を撮影したものが下の画像です。
MRIではさらに、ヘルニアの部位の特定だけではなく、周囲の脊髄神経の出血や炎症の存在、腫瘍や脊髄梗塞など、椎間板ヘルニア以外の病気の可能性を除外します。特にMRIは神経を画像で評価する能力に優れており、炎症による障害の程度や椎間板ヘルニアに伴う致命的な脊髄軟化症の診断をすることができます。
>>>椎間板ヘルニアの治療について
痛みを主訴とする場合や不全麻痺などの症状が軽度で、通院レベルで治療が可能な場合、まず内科的治療を実施します。プレドニゾロン等の副腎皮質ステロイド薬(炎症を抑え、神経の腫れを軽減させます)、や各種の非ステロイド系抗炎症薬(NSAIDs)を選択します。
抗炎症作用を持つ薬剤と合わせて、痛みやそれによる緊張などを考慮して、ブプレノルフィンなどの中枢性鎮痛薬(脳内で痛みを遮断する薬)やジアゼパムなどの筋弛緩薬(痛みで緊張した筋肉を緩める薬)などを組み合わせて使用します。補助薬として神経保護を目的としたビタミンB12を含む複合ビタミン剤を使用することもあります。
痛みが慢性化したり、症状が繰り返し起こる患者さんには、いわゆる「神経障害性疼痛」を和らげる薬剤としてプレガバリンやトラマドールといった、慢性痛やしびれを改善する薬剤を用いることもあります。
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不全麻痺を起こして急性経過をとるものでは入院による経過観察を行います。その目的は絶対安静下に置くことと、グレードの悪化を早期に判断するためです。治療には副腎皮質ステロイドホルモン製剤をはじめとする抗炎症薬に加えて、炎症細胞による神経損傷を抑えて神経保護作用を持つ、シベレスタット(商品名エラスポール)を用いることもあります。内科療法によって数日以内に改善が無い場合には外科治療も考慮しなければなりません。
急性発症で重症度が高いとか内科治療に反応せずに悪化するような場合、CTやMRIなどの画像診断を経て椎間板ヘルニアを診断した後、できるだけ早期に手術を行います。手術の目的は脊髄神経の減圧(そこをカバーしている骨の除去)と原因となっている圧迫物質の除去です。これは背骨(椎弓や椎体)を削り、脊髄を露出させて脊髄を圧迫している椎間板物質をできるだけ取り除く手術です。
椎間板ヘルニアに対する外科手術は、背中側から圧迫物質を除去して減圧する片側椎弓切除術や椎弓切除術、頸部の椎間板ヘルニアに対しては腹側(喉側)から行うベントラルスロット(腹側造窓術)が代表的な方法です。
下の写真は片側椎弓切除術(ヘミラミネクトミー)を実施した後の術中写真です。黄色矢印が、椎弓(背骨の一部)を切除して減圧された脊髄です。内部に見られる白い棒状のものが脊髄神経です。この写真では脊髄を圧迫していた物質(右写真)は除去されております。
最近では手術後にはリハビリや針治療といった治療が付随して行われることが多くなってきました。動物病院によってはリハビリ用の施設を持つところも出てきています。。筋肉量の低下や関節の拘縮などで運動能力が低下してしまうと治療後の治癒が遅れたり、障害が残ることもあり得ます。このため、手術後や長期治療が必要な場合、リハビリを含めて適切な管理をする必要があります。
>>>椎間板ヘルニアの予防は?
椎間板ヘルニアの予防や再発防止は遺伝的素因を持つ犬種では難しい課題ですが、適切な体重の維持と過度な運動を避け、バリアフリーな環境を用意するなど生活環境の改善を要することもあります。日頃から適度な運動を行い筋力低下を防ぐ必要があるでしょう。
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文責:あいむ動物病院西船橋 太田晶子