>>>犬の組織球増殖性疾患とは?
組織球は白血球の一種で免疫機能に関与する単核細胞と呼ばれるグループに属します。骨髄で産生され、体外からの病原体などを含む異物に反応して、それらを排除して体を守ります。
組織球はいくつかの種類の細胞から成る総称であり、その機能により分類されています。
ひとつは血液を漂う単球とそれが組織に定着したマクロファージとなど、異物を細胞内に取り込み分解する(貪食;どんしょく)作用を持つ「抗原処理細胞」であり、もうひとつが処理して得られた抗原などの情報を他の免疫担当細胞に伝える皮膚ランゲルハンス細胞や間質樹状細胞などの「抗原提示細胞」です。
組織球増殖性疾患は、これらの細胞の誤った”過剰反応”や”腫瘍性"もしくは"それに類するような増殖”によって引き起こされる病気とされており、由来する組織球のタイプや”病気のかたち”、病態により分類されています。
組織球に由来する疾患は多岐に渡り、分類上病名に「組織球」という用語が含まれていても実際は組織球が主体ではない疾患なども混在しており、組織球増殖性疾患は未だ不明な部分が多い疾患グループです。
この疾患群はそのほとんどが組織球の中の抗原提示細胞とよばれる皮膚ランゲルハンス細胞や間質樹状細胞、マクロファージに由来します。
>>>組織球増殖性疾患の種類とは?
組織球増殖性疾患は概ね以下の4種類に分類され、下に行くほど病気としての振る舞いが悪くなります。
① 【良性】皮膚組織球腫
② 【中間】反応性組織球症(皮膚組織球症)
③ 【中間】反応性組織球症(全身性組織球症)
④ 【悪性】組織球肉腫(悪性組織球症)
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>>① 皮膚組織球腫
組織球増殖性疾患のなかで最もよくみられる良性腫瘍です。表皮ランゲルハンス細胞に由来します。この細胞は表皮のケラチノサイトの間に存在する抗原提示細胞です。
どの年齢でも発生しますが4歳以下に多く、半数は3歳以下と若いのが特徴です。ダックスフント、ボクサーが好発犬種とされています。
発生しやすい部位は頭頂部、耳介、四肢です。”単一”で孤立性の腫瘤を形成し、比較的急速(1〜4週間)に成長します。外観は固く赤みを帯びて脱毛したドーム状の結節で、表皮の下の真皮に発生します。
由来となるランゲルハンス細胞が局所リンパ節に遊走しやすいという特徴を持っているため、局所リンパ節などに無痛性のリンパ節症(≒リンパ節の腫れ)が見られることもあります。
当院の「犬の病気」カテゴリーに紹介されていますのでご覧ください。
→皮膚膚組織球種
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>>②皮膚組織球症
反応性組織球症に分類される疾患です。
皮膚組織球腫に類似していますが、由来する細胞は皮膚ランゲルハンス細胞ではなく間質樹状細胞とされています。腫瘍ではなく良性の挙動を取る組織球の集合体であり、皮膚や皮下組織に限局しますが、多発性のこともあります。
若齢犬で発生する傾向がありますが、2〜13歳の年齢で多く、好発犬種は特にないとされていますが、シェルティーやコリーは罹患しやすいかもしれません。
発生しやすい部位は頭・頸部(耳介を含む)、会陰部、陰のう、四肢などで、まれに鼻梁部(びりょうぶ;鼻筋の部分)や鼻腔周囲から鼻粘膜にも発生します。
真皮に発赤した脱毛や潰瘍を伴う結節を形成し、多発性にみられることもあります。その場合、1〜5cm程度の結節が、数個から場合により数十といったレベルで発生しますが、細菌などによる二次感染を起こさない限り”痛み”や”痒み”などの症状はあまりみられません。
薬物治療に反応しやすく自然退縮の報告もありますが、治療に反応せずに重篤化することもあります。
>>③全身性組織球症
反応性組織球症に分類される疾患です。
皮膚組織球症と同じく由来は活性化した間質樹状細胞とされており、良性の挙動を取る組織球の集合体であり、分類上は腫瘍ではありません。
2歳以上の若齢犬〜中齢犬に発生し、バーニーズ・マウンテンドッグなどの大型犬に多く見られます。
病変は皮膚および皮下組織にとどまらず、鼻腔、眼瞼(がんけん)や強膜、リンパ節、肝臓、脾臓、肺、骨髄など内臓も含め全身性に発生、拡大します。眼瞼、口吻、鼻鏡、四肢、陰嚢が重度になりやすいと言われています。
皮膚には多中心性(≒多発性)で脱毛や潰瘍を伴った結節を形成します。皮膚病変は、1〜4cm程度の結節が皮下に多発して拡大しますが、痛みや痒みはあまりありません。
病状が進むと食欲不振、体重減少、呼吸促迫、結膜充血などの症状が見られます。
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>>④組織球肉腫(悪性組織球症)
その由来は●間質樹状細胞と▲マクロファージによる悪性腫瘍です。どちらに由来するかで病態及び腫瘍の進行や予後に違いがあります。
中〜高齢犬で稀に見られ、バーニーズ・マウンテンドッグを始めとし、ラブラドール、ゴールデン、フラットコーテッドレトリーバー、ロットワイラーなどの大型犬が好発犬種です。
>●「間質樹状細胞」由来の組織球肉腫
悪性に分類される組織球の「限局性」または全身に多発する「びまん性」の腫瘍性増殖です。
反応性組織球症と同じ間質樹状細胞が由来の悪性腫瘍です。反応性組織球症を起こす良性の活性化した間質樹状細胞とは表面抗原により区別されますが、一般の検査施設では困難です。
・「限局性」組織球肉腫
一般的に皮下組織(特に四肢、関節周囲の発生もあります)、脾臓、舌、肺、脳幹、鼻腔、椎骨および硬膜外腔とされています。
当初は限局的な浸潤性増殖を示し、後に局所リンパ節への転移や遠隔転移を起こします。原発腫瘍の早期発見と”広範囲切除”による根治術ができれば良好な予後が得られるとされています。
・「び慢性」組織球肉腫
過去に「悪性組織球症」といわれていた疾患と同一のものです。
広範囲な転移を伴う体内臓器の悪性腫瘍として発生します。時に皮膚や皮下組織にも病変は形成されます。
症状は体重減少、食欲低下、昏睡、中枢神経症状、呼吸促迫などが見られます。マクロファージ由来の血球貪食性組織球肉腫よりは生存期間は長いとされていますが、予後は良くありません。
体内に広範囲に病変が広がった状態で発見されるために外科的手術が適用外であり、化学療法も確立されていないため長期生存は難しいとされています。
>▲「マクロファージ」由来の血球貪食性組織球肉腫
このタイプの組織球肉腫は著しい脾腫(ひしゅ:脾臓が大きくなること)を伴い、貧血や血小板減少症などの血球減少症が認められます。
貧血が急速に進行し、低アルブミン血症などの合併症を併発するため予後は不良です。
>>>犬の組織球増殖性疾患の診断は?
全てのタイプに共通して、腫瘍を完全あるいは部分切除して病理学的検査により診断します。
確定診断には感染症など他の原因と区別したり、原因となっている組織球の分類を行うために細胞表面抗原の免疫染色などが必要になる場合もありますが、一般の検査施設では実施困難なのが現状です。
>>>犬の組織球増殖性疾患の治療法は?
良性のカテゴリーであれば未処置でも数か月以内に自然退縮する場合も多く見られますが、特に中高齢以降で発生した場合など、退縮しにくい場合は外科的摘出が適応となります。
中間カテゴリーで自然退縮しなかったり悪化傾向がある場合、特に病変が多発して再発を繰り返すなど手術が適さないような場合には免疫抑制療法による内科的治療を行います。
免疫抑制量のプレドニゾロンなどの副腎皮質ステロイド薬による薬物治療を行い、病型や効果などを勘案してシクロスポリン等の免疫抑制剤を併用します。
長期間の免疫抑制療法が必要になることが多く、薬剤の副作用や患者動物の”生活の質”などにも注意して管理し続ける必要があります。
悪性腫瘍のカテゴリーでは限局的かつ早期発見で外科的な根治が見込まれる可能性が少ないながらありますが、多くは発見時には既に全身に転移しているなど、治療が困難であったり重篤化していることが多くみられます。
外科的な選択肢がない場合には抗がん剤の使用や放射線療法が選択されます。
>>>犬の組織球増殖性疾患の予後は?
どのカテゴリーの組織球増殖性疾患なのかにより様々です。
自然退縮や”外科的な根治”が見込めるもの、薬物治療により寛解して長期間維持が可能なもの、寛解せず予後に警戒〜極めて不良なものまで様々です。
病変が限られる場合は外科手術や、副腎皮質ステロイド薬を含む免疫抑制剤、悪性腫瘍の場合には抗がん剤のなどをにより寛解することもありますが、悪性腫瘍の場合や重要臓器や全身に広がって重篤化した場合の予後は良くありません。
全てのタイプにおいて、腫瘍の早期発見と病理診断が治療成功への第一歩となります。
① 皮膚組織球腫
良性腫瘍であり転移もなく自然退縮も見込まれるため一般的に経過は良好です。
② 皮膚組織球症
薬物治療に反応しやすく自然退縮の報告もあります。
長期間の免疫抑制療法が必要になることが多いため、薬剤の副作用などを考慮して患者動物の”生活の質”や併発症に注意しなくてはなりません。
全身症状こそあまり見られませんが、薬物治療に反応しない場合には重篤化するリスクを孕む疾患です。
③ 全身性組織球症
病変は増大と退縮を繰り返し、一般的に自然寛解は起こりません。
経過は長期化する傾向がありますが、治療・管理が良好であればこの疾患により死亡の転帰を辿ることは少ないようです。
薬物治療が奏功せずに病勢のコントロールができない場合や肺、脾臓、肝臓、骨髄などの重要臓器での病変が進行するなど、病勢が重篤化した場合には治療が困難となることがあります。
薬物治療に反応せずに重篤化のリスクが高い疾患です
④ 組織球肉腫
悪性腫瘍であり、早期発見により病変が限局的であれば外科的な根治の可能性が少ないながらありますが、発見時には全身に転移しているなど治療が困難であったり、既に重篤化していることが多くみられます。
内科的治療では抗がん剤の使用や放射線療法が選択されますが、奏功する可能性は低く長期間の維持も期待できないために予後不良です。
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文責:あいむ動物病院西船橋
宮田知花