>>>犬の精巣腫瘍・セルトリー細胞腫について
犬でみられる精巣の腫瘍は生殖細胞の腫瘍である精上皮腫(セミノーマ)、生殖細胞を支持する組織(性索や性腺間質)の腫瘍であるセルトリー細胞腫、間質細胞腫(ライディッヒ細胞腫)の3種類が知られており、これらの腫瘍が同時に生じる混合腫瘍のタイプもあります。
このうち、間質細胞腫が精巣腫瘍の4割と最も多く、精上皮腫(下記リンク参照)、セルトリー細胞腫が次いで多くみられます。
精巣腫瘍・セルトリー細胞腫は陰睾丸(停留睾丸)である場合、その発生率が特に高くなる傾向があります。これは停留睾丸が正常な精巣よりも長期間、高体温に晒されるためと考えられます。セルトリー細胞腫のうち、おおよそ5割超がこうした潜在精巣で生じます。
精巣腫瘍の中ではセルトリー細胞腫が少ないながら最も転移を起こしやすく、所属リンパ節がそのターゲットとなりますが、リンパ管に沿って、肝臓、腎臓をはじめ全身に転移する可能性があります。
>>>精巣腫瘍・セルトリー細胞腫の症状は?
セルトリー細胞腫は正常な陰嚢内精巣に発生したよりも、鼠径部(そけいぶ、足のお腹側の付け根部分)の皮下から発生したものはより大きくなりがちです。セルトリー細胞腫は他の精巣腫瘍と比べると大型化しやすい腫瘍ですが、かなり大きくなっても腫瘍そのものの圧迫や痛みで症状を示すことはほぼありません。
一方でお腹の中の陰睾丸から発生したセルトリー細胞腫もそういった傾向がありますが、大きさを増してくるにつれ周囲にある消化管などの臓器を圧迫して痛みや消化器症状など何らかの症状を発生させるかもしれません。
セルトリー細胞腫は腫瘍そのものが体に与える臓器への圧迫や浸潤など一般的な腫瘍でみられるような悪影響だけではなく、おおよそ2割程度で女性ホルモンの過剰分泌(高エストロゲン血症)によって、雌性化(しせいか、オスでありながらメスの特徴を持つようになること)を生じたり、エストロゲンの持つ毒性によって生じる骨髄抑制などの腫瘍随伴症候群を生じて死に至ることもあります。
高エストロゲン血症では骨髄での赤血球、白血球、血小板の産生が少なくなったり、つくれなくなってしまっていることがあり、非再生性貧血、顆粒球減少、血小板減少症などが生じます。セルトリー細胞腫を摘出して数週間で改善がみられない場合、血球や血小板減少が回復するまでには数か月以上を要しますが、残念ながら3割程度は回復することはありません。
>>>精巣腫瘍・セルトリー細胞腫の診断は?
大きさを増した陰嚢内精巣や鼠径部の皮下陰睾がみられれば、セルトリー細胞腫をはじめとする精巣腫瘍を疑うことができます。正常な陰嚢内精巣に発生した精巣腫瘍の場合には精巣の左右の大きさの違いを感じる程度でしかないものが多く見られますが、セルトリー細胞腫では他の精巣腫瘍よりも大型化しやすい傾向があります。
一方で鼠径部の皮下や、お腹の中の陰睾丸(停留睾丸)のものはかなり大きな腫瘤になる可能性があります。お腹の中の陰睾丸からの精巣腫瘍では大きくなるまで症状もなく、見つからないことがほとんどです。超音波検査はお腹の中の腫瘤や腹腔内のリンパ節や臓器への転移の有無を確認するために必要な検査です。
健康診断や尿検査の際に超音波検査で偶然発見されることも多くみられるため、お腹の中の陰睾丸が摘出されていない場合には中高齢期以降では定期的な陰睾丸のチェックが必要です。
精巣腫瘍が疑われる場合、針生検による細胞診を行うこともありますが、体表面から明らかにそれと確認できる精巣腫瘍は異常な睾丸を取り去ってしまえば腫瘍を完全摘出できることが多いため、診断は手術後の病理検査で行うのが普通です。
なお、お腹の中の腫瘤が精巣腫瘍かどうかを事前に鑑別するためには針生検は有用です。
腫瘍の発見時にセルトリー細胞腫による高エストロゲン血症による腫瘍随伴症候群を起こしている場合には血液検査では重度の白血球減少や血小板減少、貧血などがみられていることがあります。
>>>精巣腫瘍・セルトリー細胞腫の治療は?
一般的に精巣腫瘍は巨大な腫瘤になったもの、腹腔内で大きくなったもの、リンパ節などへの転移があるものを除き、通常の去勢手術で完全摘出が可能であり、合併症のない多くの腫瘍を治癒させることがでます。
セルトリー細胞腫では、腫瘍随伴症候群として、その2割程度で高エストロゲン血症を生じています。特に陰睾丸に隠れて発生したセルトリー細胞腫では、長期にわたってつくられ続けたエストロゲンの影響によって腫瘍が発見された時には既に骨髄のダメージが大きく、セルトリー細胞腫を摘出して高エストロゲン血症を解消しても造血機能が既に回復不能であることがあります。
つまり、そのような条件での腫瘍の摘出手術に際しては輸血をはじめとする周到な準備が必要となり、さまざまなリスクを排して腫瘍が摘出されても、その後に続く血球減少症に対しての治療法はないということになる可能性があります。
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下の写真はお腹の中の陰睾丸の片方が腫瘍化したセルトリー細胞腫の写真です。摘出したグリーン上矢印の先の腫瘤の診断は悪性のセルトリー細胞腫でした。反対側の右グリーン矢印の陰睾丸は逆に小さく委縮しているのが分かります。(萎縮した睾丸はピンク矢印の先で精管につながります。)
体内性器にもセルトリー細胞腫による「雌性化」を起こしており、写真で同時に摘出された腹腔内の精巣と精管の構造は卵巣や子宮に酷似する構造を持っているのが分かります。精管の中央部にはオレンジ色の矢印で示される嚢胞を形成しています。
下の写真がセルトリー細胞腫の拡大像です。この腫瘍は大型化することが多く写真の腫瘍は直径が5センチ程度、「表面は凸凹して硬い」という特徴があります。
左下が手術中の写真です。このセルトリー細胞腫は腹腔内リンパ節に転移を起こしていました。グリーン矢印がセルトリー細胞腫、ブルー矢印が膀胱で、その間にあるお腹の中のリンパ節に転移してできた腫瘤が黄色矢印で示されています。
右下の写真が摘出されたリンパ節で直径が4センチほどもあります。セルトリー細胞腫では転移を起こす例は少ないですが、このような例では肝臓、腎臓をはじめ全身に波及する可能性があります。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍