>>>猫の甲状腺機能亢進症とは?
甲状腺は喉のやや下の左右にあり、甲状腺ホルモンなどを分泌する腺組織です。小さな組織ではありますが、人を含めた動物が生存するために必要な代謝をつかさどる甲状腺ホルモンを分泌し続けることで、休むことなく代謝のコントロールを行っています。
それなしにはすべての細胞、その集合体の組織、生物は生き続けることができないという意味で、甲状腺は生命維持装置のひとつとして極めて重要な役割を担っています。
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甲状腺機能亢進症は猫では群を抜いて高い発症率を示すホルモンによる病気、内分泌疾患のひとつです。また、10歳以上の高齢猫でしばしばみられる慢性腎臓病(慢性腎不全)と並ぶ代表的な慢性疾患であり、7歳以上の高齢猫のおおよそ1割が甲状腺機能亢進症といわれています。
甲状腺機能亢進症は甲状腺で産生・分泌されるサイロキシン(T4)や、トリヨードサイロニン(T3)などから成る甲状腺ホルモンの「過剰」にによって起こる全身性疾患です。
その症状は多様ですが、なかでも食欲低下を伴わない体重減少や多飲多尿、「行動の変化」などが特徴的な症状として挙げられます。ところが、病気の初期では、食事量の増加や飲水量の増加、ポジティブな行動の変化は飼い主さんには病気とはとらえにくく、それを理由に来院するより、むしろ高齢期の健康診断によって明らかになり易い疾患です。
猫での甲状腺機能亢進症は甲状腺の良性の腺腫性過形成(せんしゅせいかけいせい)によって起こることが多く、甲状腺癌を含む甲状腺腫瘍によるものはあまりみられません。
甲状腺の過形成には遺伝的や免疫的な背景、食事(キャットフード、缶詰に含まれるイソフラボン、ヨウ素の過剰)、生活環境(一部プラスチック等に使用される化学物質の影響が示唆される)など様々な要因が複雑に関わっていると考えられています。
甲状腺機能亢進症の診断の頻度は1970年代から急増しており、さらに10年程前と比較しても明らかに高まっています。これには猫の長寿化による病気の増加はもちろんですが、それにも増して高齢猫の健康診断の受診が増えたことと、甲状腺ホルモンが院内検査で迅速に測定できるようになるなど、高齢猫に対しての医療環境の向上も大きく関わっているものと思われます。
>>>猫の甲状腺機能亢進症の症状は?
甲状腺機能亢進症ではたくさん食べるにもかかわらず痩せてくることが典型的な症状としてみられます。その他にも食欲減少、脱毛、多飲多尿、慢性再発性の下痢や嘔吐などの消化器症状、攻撃的行動や老齢に見合わない活発さ、発情期のような行動など、その症状の現れ方は多様です。つまり、高齢猫で何らかの内科的な問題がある場合には甲状腺機能亢進症があるかどうかを考慮する必要があります。
また併発疾患として肥大型心筋症などの心疾患、高血圧症とそれに伴う網膜剥離や網膜出血などの眼病変がみられることもあります。
つまり、高齢猫では甲状腺機能亢進症に加えて、心臓病や腎臓病がみられることもあるため、そうした症状を起こしている高齢猫ではまず甲状腺機能亢進症の可能性を考慮にいれるべきでしょう。
>>>猫の甲状腺機能亢進症の診断は?
身体検査では削痩、脱水、脱毛が見られることが多く、頚部に大きくなった甲状腺を確認できることもあります。シンチグラフィ(放射線物質を用いた画像診断の一種)によって甲状腺の位置とサイズを確認できますが、この検査を行える施設は国内ではほぼないため、甲状腺を触診できる場合には甲状腺の超音波検査がその代用となるでしょう。
血液検査ではALP(アルカリホスファターゼ)という肝酵素の上昇が多くの例で認められます。ALPは肝臓とや「骨の障害」などによって増加しますが、猫では他の肝酵素であるGPT(ALT)と比較したとき、ALPのみが顕著に上昇するのは脂肪肝(肝リピドーシス)もしくは糖尿病であることから、甲状腺機能亢進症を健康診断から予想する上での有用な指標となります。
甲状腺機能亢進症の診断は甲状腺ホルモン(T4:サイロキシンないしはFT4:遊離サイロキシン)の上昇を確認することで行います。T4の測定そのものは信頼性の高い検査ですが、甲状腺疾患ではない腫瘍、感染症、臓器不全などがある場合には本来の値と比べて低い値となることがあり、甲状腺機能亢進症の診断ができないことがあります。
T4と比べ非甲状腺疾患による影響を受けにくいとされているFT4の測定は、より正確な診断のためにT4と合わせて測定することが推奨されています。
甲状腺機能亢進症が診断された場合、合併症としての心臓病や高血圧症の管理の必要があることもしばしばです。また、甲状腺機能亢進症と相互に影響し合う慢性腎臓病(腎不全)が併発している場合には甲状腺だけではなく、さまざまな慢性疾患を含むパッケージとしての健康管理が必要となります。検査には血液検査をはじめとして心臓超音波検査、眼底検査、血圧検査などが含まれます。
>>>猫の甲状腺機能亢進症の治療は?
甲状腺機能亢進症の治療には薬物と療法食によるコントロールを目指す内科的治療と、甲状腺を摘出する外科的治療二通りの選択肢があります。
近年、ヨード制限を行った療法食(ヒルズ社のy/d)の発売によって食事療法により甲状腺機能亢進症をコントロールするという選択肢が増えましたが、内科的治療のほとんどはチアマゾールという抗甲状腺薬によって行われています。
チアマゾールは甲状腺ホルモンの合成を抑制する薬剤です。低用量から服用を始め、おおよそ1〜3週ほどで効果を示しますが、定期的に行う甲状腺ホルモンの測定結果と症状を観察しながら投与量を調節していきます。
チアマゾールによる副作用はしばしば食欲不振や嘔吐などの消化器症状としてみられますが、より重大なものは白血球の一種である顆粒球や血小板の減少など血球の異常があげられます。
甲状腺機能亢進症の治療に際して特に気をつけなくてはならないのが、高齢猫で多い慢性腎臓病(慢性腎不全)の顕在化や悪化させてしまう可能性です。これは甲状腺機能亢進症の猫では腎血流量の増加により、腎機能不全が隠れていることがあるためです。そのため、治療によって甲状腺ホルモンが正常値まで下がると腎臓への血流量が少なくなり腎不全が悪化、ないしは表面化することがあるのです。
甲状腺機能亢進症の治療を行うにあたってはさまざまな副作用に注意して定期検査によるモニタリングを続け、腎臓病などの併発症や心臓病、高血圧症などの合併症の管理を同時に行い、長期的な全身状態の改善や安定に努めていくことが大切です。
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蝕知できるほど大きくなった甲状腺腫は外科的切除の適応になることがあります。通常は大きくなっている甲状腺を摘出しますが、超音波検査や手術の際に左右の甲状腺の区別の難しい場合はどちらか一方を摘出することもしばしばです。甲状腺の摘出後に残存した甲状腺の機能が十分でない場合、甲状腺機能低下症がみられることがあり、こうした場合には一定期間、甲状腺ホルモンの補充療法が必要となることがあります。
甲状腺の摘出に際してより注意を要するのは、甲状腺に付着するホルモン分泌組織の上皮小体(副甲状腺)を大きく損傷したり一緒に摘出してしまうような場合です。
甲状腺に付着している上皮小体もまた左右対称に同じ構造があり、通常は片方を切除しても残った側がホルモン分泌を引き継ぎますが、機能的に活発になっている側の切除により残された側の機能が補いきれない場合にはホルモンの不足を生じます。
甲状腺機能低下はそのまま経過をみることもありますが、上皮小体機能低下症、つまりパラソルモンの低下はカルシウム代謝を破壊して致命的な低カルシウム血症によるリスクを孕みます。
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文責:あいむ動物病院西船橋 獣医師 荒川 篤尭