診療コラム
猫の”おもちゃ”の危険性
猫の嗜好を刺激するいろいろな”おもちゃ”、愛猫家なら一度は手にしたことはあるものではないでしょうか。
その中で、猫の狩猟本能を最大限に刺激するもののひとつが「ネズミ型のおもちゃ」です。このおもちゃ、その魅惑的な姿形と動きが猫を誘惑するだけではなく、胴体内部にさらにソレを増幅する”マタタビ”が仕込んであるという優れものです。
猫を魅了する姿形といい、それを見る消費者を喜ばす製品としてもとてもよく考えられている製品ですが、その優れた”商品力”が猫にとって仇となります。
猫ちゃんにとっては一時の至高の時間を与えてくれるスバらしいアイテムですが、その快楽ゆえのリスク、「誤飲事故」です。
猫にとって至高のおもちゃが猫キラーに豹変する瞬間です。
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「ネズミのおもちゃ」の誤飲例は後ほど再登場します。
まず、猫で起こる誤飲事故って、どんなもの?どうやって診断するの?という諸々を以下でご説明していきたいと思います。
おもちゃをはじめとする多種多様な異物による誤飲(誤食)事故は犬や猫、フェレットで多発いたします。
おそらく治療件数では犬での発生が異物の種類や件数で一番多いと思われますが、実際は発見の遅れや診断治療が難しく、手が遅れがちになる事故はむしろ猫で多発することが多い印象です。
猫では、例えば石やピーナッツのようなパッとみて、わかりやすい固形物をそのまま飲みこむようなケースは実はそれほど多くありません。
よく問題となる異物は、自らグルーミングした毛玉のカタマリや飼い主さんの髪の毛(特に女性の長いもの)、絨毯や衣類の一部、布やビニール製などヒモ状の異物や、それらが複雑に絡み合って形成された異物が多くみられます。糸の付いた縫い針というのも時々あります。
猫での異物に共通するのは、猫の好きな長いひも状のヒラヒラしたもの、いわゆる「紐状異物」と私たち動物医療関係者が呼ぶような異物や、それに類するのが多くみられる点です。
これは猫はヒモ状であるとか布、ウール状の触感や視覚刺激を好む性質に原因しています。
一般的に異物誤食よる腸管閉塞が起きてしまった場合、程度の差はありますが数日で急速に悪化し、症状の発生から一週間以内に対処しなければ生命の危機に直結するほど重大な状態を体にもたらします。
ところが、猫においては初期に見られる症状は嘔吐や食欲の減退、うずくまっているなど、よくみられる毛玉トラブル、胃腸炎のような症状でしかないことがほとんどです。
つまり、”異物を飲みこんでしまった”、という飼い主さんの訴えがなければ発見が遅れがちになりますが、単独行動の多い猫では飼い主さんが異物を食べてしまったことに気付いていないことが多いためそのリスクは高くなります。
もし、異物を飲んだことに気付けなければ、いつのまにか容態が悪化して、動物病院を訪れたその場でいきなり緊急手術が必要な状態であることも多く、患者さんの状態によっては命懸けになることも決して少なくありません。
我々獣医師は見過ごされがちな嘔吐や食欲減退などの消化器症状の中に、その危険な予兆をできるだけ早く捉えて早期に診断しなければなりません。消化管閉塞は薬では治りませんから、治療のためには外科手術か内視鏡による摘出をしなければなりません。
つまり、まだ充分に麻酔や手術に耐えられる段階で治療を開始することが重要なのです。
ところが、消化管内に異物が詰まっているかどうか?というのは、実は獣医師にしてみると診断上は非常に悩ましい問題でもあります。
それはつまり、飼い主さんの申告がない場合には、その症状からは通常の胃腸の病気や特に猫で多発する毛玉によるトラブルなどとの区別がつかないことが多いためです。
もし、飼い主さんの訴えや身体検査での触診でそれらしい兆候があれば、その場ですぐに腹部や食道のレントゲン撮影を行います。
レントゲン検査というのは光の代わりに放射線の一種のX線(エックス線)を利用して撮影します。X線を透過しにくい物質、例えば異物が骨、石、硬いプラスティックや木材などであれば、レントゲン検査で体の中の異物をすぐに確認することができます。
ところが、猫で多くみられる毛玉やヒモ、ビニール製品などX線をやすやすと通すような異物はレントゲン検査ではうまく写りません。
写らないけれど、異物の疑いが拭えない場合、バリウムなどの造影剤を使った造影レントゲン検査を行います。消化管造影によるレントゲン検査では、胃や腸管の運動状態や異物の存在を時間を追って撮影することで確認することができます。その仕組みは以下の通りです。
造影剤は「写らない異物」に達すると、例えば布であればそこに入り込み、特徴的なパターンを浮かび上がらせて、異物の存在を知ることができます。
造影剤は「重い液体」でもあるので、消化管が異物で詰まってしまっていればそれ以上は流れることはありません。この場合、消化管内異物は同時に腸閉塞が起きている診断にもなります。
もし、異物が毛玉のような軽いものであれば造影剤によって異物が押し流されて閉塞が解除されてしまう場合もあり、この場合、造影剤は”治療薬”としても働きます。
最近では超音波診断装置の画像向上により、異物は超音波検査(エコー検査)で診断することも多くなってきました。特に猫ではバリウムなど造影剤を安全に飲ませることが難しいことがよくありますので、超音波検査はとても有用な検査方法です。
検査者の技量によるところが大きいのが欠点ですが、現在では超音波検査は異物や腸閉塞の診断方法のひとつとなっています。
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さて、冒頭の猫のおもちゃを食べてしまった猫さんのお話に戻ります。
「猫のおもちゃの袋が破れていて、中にあったはずのおもちゃが見当たらない。」という、いかにも異物の誤食が濃厚な猫ちゃんが来院いたしました。
飼い主さんの談ではちょっとうずくまって気持ち悪そうにしているということです。
こういった場合はまず、レントゲン撮影を行うのですが、診察室でのお腹の触診で、すぐに異常が見つかりました。
お腹の左前(上)の方に人差し指の先くらいの硬いものが触ります。なくなったネズミのおもちゃ(冒頭の写真)の大きさと硬さから、これが小腸を閉塞しているようです。
このように、飼い主さんの訴えとこちらの診断が一致すれば、その後の検査は比較的スムーズに進むものです。レントゲン撮影では案の定、はっきりとは写りません。おそらくこのおもちゃの素材が「塩化ビニール」などであるせいでしょう。
触診で異物の存在が明らかなため、消化管バリウム検査ではなく、まずは超音波検査を実施いたしました。
その結果、小腸に異物による腸閉塞が見つかりました。とにかく早急に、猫ちゃんの全身状態が悪化しないうちに外科手術が必要です。
飼い主さんの決断も早く、術前検査の結果も良好でしたので当日中に腸閉塞の解除と異物摘出のための緊急開腹術が実施されました。
このように早い段階でにスムーズに手術にこぎつけられた場合、緊急手術での緊張感はありますが、治療を行う我々とっても同時に「早く見つかってよかった」という一種の安ど感に包まれるものです。
ところが、開腹して小腸を上から下まで観察してみると、そういった楽観は早速吹き飛ぶこととなりました。
術前検査では1個しか見られなかった異物が2つ、さらにそれらが紐のような構造でつながっているようです。おそらく、エコー検査後に胃から十二指腸に流れ落ちたのでしょう。手術室には緊張感が高まります。
小腸の2つの異物はそれぞれ、口に近い方から十二指腸とその下流にある空腸に2つの2カ所で腸閉塞を起こしており、異物は腸を内側から圧迫して本来のピンク色の色調が赤紫色に変化しています。数日もすれば壊死を起こし腸に穴が開いてしまう恐れがあり、命の危険がある状態です。
さらに悪いことに、2つの異物の間はヒモのようなもので繋がっており、お互いが引っ張り合って、さらに異物の表面がざらざらしているため小腸の壁に密着して動きません。
こういった場合にはまずは異物と異物の間で腸を切ってヒモ情構造を確認後、切断して切り離してから各々の異物をそれぞれ腸切開して摘出しなければなりません。
上の写真は写真左側の十二指腸に詰まった異物摘出の最中の写真です。各々が紐のような構造でつながっていました。
取り出した右の「1匹目のネズミ」に絡みついた女性の毛髪その繊維が編み糸のようになって20cmほどのひも状になっており、摘出中の左の「2匹目のネズミ」に絡みついて長い異物となっているのが確認できます。
大変厄介な異物でしたが「2匹のネズミ」を摘出して切開した腸管を縫合して、本来ならば手術が一段落するはずでしたが。。。ここで、またさらに問題が起きました。
どうやら左の十二指腸の「2匹目のネズミ」を摘出する際に別なヒモ状物がさらに上流の胃の中までつながっているのが発見されました。これはつまり、胃の中にに「3つ目の異物」が存在している証拠になります。
胃内での異物の状態が不明なため、手術と同時に口から内視鏡を使って胃内を検査しているところが上の写真です。
その結果、なんと内視鏡検査で新たに「3匹目」と「4匹目」のネズミが胃の中に留まっていることが判明いたしました。
胃の中の3匹目と十二指腸の2匹目をつなげているヒモ状物を切断した後、内視鏡で「3匹目のネズミ」と「4匹目のネズミ」を摘出いたしました。
このように実際に単独だと思われていた異物が手術中に複数発見されることは多く、それらが紐状異物で絡み合っていることは、実は決して珍しくありません。
ご紹介したこの猫ちゃんの例ではなんと、4匹のネズミが、胃から十二指腸、空腸の全長30cm以上にわたって飼い主さんの髪の毛と衣類、ビニール製ヒモなどが編み込まれたようなヒモ状の異物で数珠のようにつながっておりました。
異物同士がヒモ状物でつながっている場合には、それぞれの両端の異物が振り子のように引っ張り合ってしまいます。本来ならば下流に流れるものでさえその場に止まってしまいます。ヒモ状異物が絡むことで、異物が自然に排泄されることはまずありません。
一方が胃内、もう一方が小腸内にある場合や食道と胃をまたぐような場合、小腸の複数カ所など色々なパターンがありますが、こうした異物は排せつされることなく死に至る可能性の高い危険な異物です。
ご紹介した猫ちゃんの例は、”ネズミのおもちゃを食べてしまった”という正しい情報と飼い主さんの決断により当日の緊急手術ができたこと、さらに手術中に「4匹目のネズミ」までたどり着けたという最もいい条件の元で無事に回復いたしました。
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売れればヨシとばかりに、結果として多くの命を奪っているだろうこのような危険な「おもちゃ」が普通に売られていることには、我々獣医師をはじめ危険性を知る者にとっては驚きを禁じえません。
人の世界とは異なりますから、潜在的な危険性に対して製造者にも罪の意識は皆無でしょうし、そういった不作為を法律的に問われることはまずないでしょう。
このようなおもちゃ類の誤飲事故は病院にかかることもなく亡くなる若い猫の死因のそれなりの割合を占めていると思われます。もちろんメーカーに直接こういった危険性の情報がもたらされる仕組みそのものがありません。
ペット関連商品では、こういったおもちゃやおやつ類など一時、世間を騒がした「こんにゃくゼリー」の比ではないくらい危険なものや、人の食品衛生法ではありえないような食品がペット用としてごく普通に売られています。
誰もそれを咎めることなく規制されることもない。悲しいかな、動物に対しての事故は一番の被害者である飼い主さんの「自己責任」ということになってしまいます。
ペット用品の選択には、くれぐれもご注意なさってください。
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文責:あいむ動物病院西船橋
病院長 井田 龍
「ノギ」恐るべし異物
今回のテーマは動物を襲う植物(ノギ)に関してのものです。植物が動物を襲うって!??もちろん、SFの中でのように食虫植物のようなものが襲ってくるようなものでは決してありません。。。
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ところで、"ノギ" って何でしょうか?
芒(ノギ、「ぼう」とも)は、コメ、ムギなどイネ科の植物の小穂を構成する鱗片(穎)の先端にある棘状の突起のこと (Wikipediaより)
「ノギ」を生やす植物は空き地にいっぱい。幼い頃に草むらで転げまわった後などにパンツの中でチクチクした記憶がよみがえる方も多い?のではないでしょうか。もちろん、ここではワンちゃんの散歩後に毛にくっついてなかなか取れない、アレの方が一般的なイメージかもしれませんが。。。
とにかく服や被毛に引っかかると、取れにくいものです。そんな理由もあるのでしょうが、イネ科の植物はその優れた種子の運搬能力により空き地や荒れ地でその繁栄を謳歌しています。
ところでこのノギですが。。。人にとっては生活する上での単に「迷惑な存在」に過ぎませんが、犬にとっては安全なはずの生活に突然現れる重大な脅威、いわば天敵となり得ます。
以下、ノギが原因となった3つの事例、プラス番外編1つをご紹介したいと思います。
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パート1、「こんなところから、ノギ?!」(足先、皮膚編)です。
上の写真は「よく理由がわからないけど、両前足の指の間から血がでてきて、とても気にしているんです。」 ということでいらした患者さんです。
確かに、指のマタの部分から出血していて、とても気にして舐めていることが容易に想像できる状態です。実は指間のこういった病変は比較的よく見られる皮膚の異常です。(以下の写真は少々刺激があるかもしれません。)
”ハイ、これは舐めすぎによる指の間の皮膚炎ですね。だいぶ膿んで腫れてますから抗生物質と消炎剤を出しておきますので、絶対に舐めないようにして一週間くらいしたら、またいらしてください”という治療パターンに見事に当てはまります。
一週間後。。。「あまりよく治りませんけど。。。」ということで、再び患者さんが来院しました。
内心は”ナニ?ナオラナイ?ぺろぺろと舐めてたんじゃないんですかい?”とあらぬ疑いをワンちゃんにかけてしまいがちなシチュエーションなのですが、よく見てみると。
ぜんぜん、治ってない。しかも、両足の指の間の皮膚に穴が開いてる!
ん?何か出てきたぞ。(下写真)
うぁあ、ノギ!?(しかも両側から!!!)
上の写真が両足の指の間の皮膚から同時に摘出されたノギです。
ちょっとわかりにくいので推論を交えた解説をします。
ワンちゃんが草むらを走り回った際に、偶然にも両足の第3-4指間で同時にノギを踏み抜いてしまったようです。刺入した足裏の皮膚は数日で治ってしまいそのまま内部にノギが残されました。
こういった場合、体がすぐに処理できない異物は一旦体の内部に埋め込まれる形で周りを炎症組織が囲みます。これを肉芽腫といいますが、こういった場合、小さなものでは体内でゆっくり処理されて吸収、ないし隔離されます。
しかし、今回のこのノギはワンちゃんの処理能力には大き過ぎました。皮膚にはこのような大きな異物を分解処理する仕組みがありません。その後しばらくしてノギの周りが化膿、組織が壊死を起こして、刺さった場所の反対側から左右同時にノギが飛び出てきたという珍しい形で病気が見つかりました。
もちろん、ノギを取り出した後、1週間程度で酷かった皮膚病がスッキリと治ったのはいうまでもありません。
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「こんなところにノギ!?」。。。パート2(眼球編)です。
「散歩の時に眼に何か刺さって、取れません!」とあわてた飼い主さんがわんちゃんを連れて来院しました。診察してみると、結膜に何やら刺さっているようです。一見したところ虫のようにも見えるのですが、ものすごく痛いらしく、嫌がって頭をぶんぶん振るため、なかなか確認することができません。
点眼麻酔で目の痛みを抑えた後、よくよく見てみると。。。
なんと「ノギ」の根元が結膜に見事に刺さっています。洗浄したり、引っ張ってみましたが、取れません。どうやら根本が釣針のように引っかかっているようです。(写真、矢印)
こういった場合、力任せに無理やり引っ張ってしまうと強い痛みや出血を起こす可能性がありますし、場合によっては「ノギ」の一部を結膜の中に残してしまうリスクがあります。
そこで、飼い主さんと相談して、鎮痛・鎮静剤で痛みとコワイのを抑えつつ、ウトウトしているうちに結膜を小さく切開して取り出すこととしました。
無事に取れた「ノギ」が下の写真です。
さて、無事に原因となるものを取り去ったものの、わんちゃんはまだ目をしぱしぱとさせています。角膜に問題を起こしている可能性がありましたので、検査してみるとノギ”の"穂”による角膜の大きな傷、角膜潰瘍が見つかりました。角膜潰瘍とは角膜の何層かがごっそりクレーター状に剥げ落ちるもので1週間くらい痛みが続きます。
結局、このわんちゃんはノギによる後遺症で2週間ほどの治療を要しました。
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「こんなところにもノギ!?。。。」パート3(耳道編)です。
「散歩で草ムラで遊んだ後に急に様子がおかしくなった。」という、わんちゃんが慌てた飼い主さんとともに来院いたしました。
さて、診察室では。。。わんちゃんは頭をブンブンと振って、かなり辛そうです。時折、後ろ脚で声をあげながら片方の耳を描こうというしぐさをしています。
これは明らかに耳に何か入ったかな?という状況ですが、ワンちゃんも興奮して、とても耳の奥まで見せてくれる状況ではありません。迂闊に顔を近づければ大ケガです。
相当辛かったことでしょう。ワンちゃんの耳介は後ろ足で激しく掻いたせいで、腫れあがって出血しています。このままではどうしようもありません。これは困った。。。
飼い主さんにはこのままでは、検査も治療もできない旨をお伝えし、緊急で麻酔下の内視鏡検査と処置を行うことになりました。
しばらくして麻酔でおとなしくなったワンちゃんの耳道の入り口(垂直耳道)が観察できるようになりましたが、そこには何もありません。さらにその奥、水平耳道までスコープを進めてみると。。。
上の写真では右上に鼓膜、10時から4時方向に何か見えます。どうやらノギのようですね。画面では見えませんが奥の方で何やら引っかかっています。
ノギにはたくさんの突起が杭のように生えています。このため、耳道のような狭い空間ではあちこちに引っかかり非常に取りにくいことがあります。
ようやく引っ張り出すことができました!上の写真が摘出されたノギの写真です。
幸いなことにノギによる耳道や鼓膜の損傷もなく、無事に麻酔から覚めたワンちゃんは先ほどまでの苦痛はどこへやら。ときどき耳をパタパタさせていますが、何が起こったの???という顔をしています。とりあえず一件落着です。
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以上のまとめです。。。
「ノギ」は体の中に取り込まれてしまう異物としての振る舞いが問題となるのですが、特にそれが目や耳など、敏感な部位に侵入した場合、直接の刺激や二次的な損傷による強い痛みなどの不快感が激しくなりがちです。
比較的遭遇しやすい場所は皮膚、目、耳道、鼻腔、気管など上気道ですが、もちろん、外界と接する体表や粘膜全ての場所でその可能性があります。
さらに、飼い主さんが異常に気付かない場合や症状があっても外から観察できない部位であったり、ノギが突き刺さったまま、体本来の仕組みで除去されない場合は。。。発見が遅れて重症化したり、慢性化して難治性となることも多いものです。
このようにたかがノギですが、それが引き起こす問題は時に複雑多岐に渡り、診断はもちろん、治療する上でも獣医師泣かせで厄介なシロモノなのです。
飼い主の皆様方。草むらや公園など植物の多い場所でのお散歩は転げ回ったり、茂みに顔を突っ込んだり、ワンちゃんにとって何よりも代えがたい喜びのひとつではないでしょうか。これはそんなワンコと一緒に散歩する飼い主さんにとっても同様ですよね。
ワンちゃんのお散歩の楽しみを奪うことはできません。。。ですが、このノギの危険性についてご記憶いただいて、緑多い場所でのお散歩の際にはくれぐれもご注意ください。
長くなりましたが、最後に以下、番外編(パート4)のご紹介でこのコラムを終えたいと思います。
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「こんなところにもノギ?!かな?」。。。パート4(番外編)
「植え込みに顔を突っ込んだ後にキャンキャンと叫んで、目が開かない。」という訴えのワンちゃんが散歩を一緒にしていたお父さんに付き添われて緊急で来院いたしました。
一見して、ものすごく痛いらしく、鳴き叫んで診察室内ではちょっと手がつけられない状態です。片目を完全に閉じており、瞼はピクピクと痙攣(眼瞼痙攣)しています。目がかなり刺激されているようで、大量の涙が周囲の毛を濡らしています。
これは非常に強い目の痛みを予想させるもので、やはりちょっとそのままでは眼の中の観察が出来そうにありません。そこで、多分に漏れず、鎮静剤を用いて、ちょっとウトウトしてもらってから詳細な観察をいたしました。
まず、静かに寝ているワンちゃんの目を開いてみましたが、なんと何も見当たりません。さてと、これはには困りました。症状からは何か異物が入っているとしか思えないのですが。。。
ところで、犬には下眼瞼の内側、目頭の部分に瞬膜(第三眼瞼)という膜状の構造があります。眼球と瞬膜に挟まれた狭い空間には深い懐があります。この場所に異物が入っていることも多いので、生理食塩水で洗い出してみることにしました。生理食塩液を注入すると、下の写真のように何か、虫のようなものが飛び出てきました。。。うわ、なんだこれはという感じです。
ピンセットで引っ張ってみると、驚いたことにどこにそんなものが入ってたのか一本の虫のような繊維がツルツルと出るわ出るわ、患者さんには申し訳ありませんが、さながらマジックショーのよう。
採取された繊維状のものの長さはなんと7.6cmもありました。よくこんな長いものが瞬膜の(眼頭の奥の方)に折りたたまれていたものですね。驚きました。
後ほど、このヒモ状のものをよくよく見てみると、なんと、”ノギの穂”が全部取れた後の”茎”のようです。ノギという武器を失ったにもかかわらず、隙あらばワンコを攻撃する執念のようなものさえ感じますね。。。
まさに、ワンコの天敵、「ノギ恐るべし」です。
飼い主の皆様方、草ムラでのお散歩はくれぐれもご注意ください。。。
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文責:あいむ動物病院西船橋 病院長 井田 龍
口が痛い猫~肉芽腫
肉芽腫(にくげしゅ)という医学用語はそもそもあまり一般になじみのない用語だと思います。
獣医にとっては日常診療でなじみ深い用語ですので、ついつい間髪入れずに使ってしまうのですが、飼い主さんにこの皮膚病は肉芽腫ですね、と言ってもいまいちピンと来ていないだろうなということはよく経験するところです。
さらに、細かいことではありますが、猫では本来の病気の分類(炎症の分類)としての「肉芽腫」と獣医さんが診察室で行う病気の分類としての「肉芽腫(症候群)」という呼び名が混在して、いったいどういった種類の病気なのか少々わかりにくい状態になっているということもあります。
猫における臨床分類として、よく動物病院の診療で遭遇する「好酸球性肉芽腫(症候群)」と呼ばれるグループはおもに皮膚病の一種として診断されるものが有名です。ネット検索では、病気としての「肉芽腫」はほとんどがこの好酸球性肉芽腫(症候群)として検索されるのではないでしょうか。
この好酸球性肉芽腫(症候群)は白血球の一種、アレルギー反応に関与する好酸球によって特徴的な病変をおもに皮膚に形成しますが、それが唇や舌などでも発生することがあります。今回はこの病気の話題とはちょっと離れた話題です。
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前置きが長くなってしまいました。。。一般的には肉芽腫をつくる様々な病気は、その原因によらず治療がうまくいかない難治性となりやすい炎症を引き起こします。とくに猫は原因の特定できない肉芽腫性病変が生じやすいという特徴を持っています。
では、この「肉芽腫」とはなんなのでしょうか?肉芽腫とは炎症で形づくられる病変の分類のひとつであり、分かりやすくいうと炎症の原因となっている「異物やアレルゲン、病原体などの原因」を肉芽腫という「肉芽組織」という防壁によって、何らかの刺激や異物を隔離して封じ込めるような反応を起こしている病変のことです。
今回のコラムではこのうち、特に口の中にカタマリ状のものを生じる肉芽腫に関して実例を交えながらご説明したいと思います。ネット情報でよく目にする好酸球が引き起こす好酸球性肉芽腫(症候群)とは若干異なる病気に関しての話題です。ちょっとわかりにくい文章で申し訳ございません。。。
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【ケース1】 「好酸球性肉芽腫」が原因であった口の痛み
「最近ヨダレが増えネバネバしてきて口が臭いし、食欲が落ちてきました。。。」、という高齢猫が来院しました。「口が痛いネコ」と聞くと、獣医としてはまず考えるのはヘルペスウィルス、カリシウィルス、口の中の細菌の二次感染や、その他原因による口内炎とか歯周病に伴う歯肉炎など、まずその辺りが頭に浮かびます。
嫌がる猫ちゃんの口をなんとか開けてみて中を覗くと。。。奥歯のまた奥、人間だったら親シラズのあたりが脹れて真っ赤でとても痛そうです。
「これは口内炎ですね。まず、抗生物質と痛み止めで様子を見ますので、一週間後にいらしてください。」とその日は終了しました。
1週間後、「なんかあまりよくならないんですけど。。。」ということでもう一度来院がありました。一般的な治療に抵抗するネコのひどい口内炎に対してはしばしば、プレドニゾロンなどの副腎皮質ステロイド系の消炎薬が使用されます。その例に漏れず、さらなる食欲低下や衰弱を防ぎ、症状の軽減を目的として”ステロイド”による治療を実施しました。
2週間後、「だいぶ食欲も出てきたけどまだ痛そうです」ということですが。どうなってるかな?と患部を見てみるとまだかなり脹れており、ステロイド治療にもだいぶ抵抗性を示しています。
その後、食欲が落ちたら治療、良くなってまた再発を延々と繰り返して2か月程度が経ちました。
飼い主さん曰く、「なんか口の中にデキモノが見えるんですけど。」、よく見てみると脹れていた部分がキノコのように盛り上がってきています。もう少し内科治療を長く、強くしてみましょう。ということになりました。
その後もこのカタマリは次第に大きくなり、口内炎の方も治ったり再発したりとあまり変化がありません。むしろ全体としては悪化しているようにさえ見えます。さてと困りました。もしかしたら腫瘍かもしれない。。。
そのうちに、大きくなったカタマリを気にしてさぞ痛いのか、口の中を引っ掻いたり、奥歯で噛んでしまいしばしば出血する事態に。飼い主さんと相談の上、この腫瘤を全身麻酔下で切除することになりました。
写真は手術時のものです。左下写真が側面、右下が正面からのものです。ちょっと刺激的な写真かもしれませんので注意してご覧ください。
下の写真が切除後です。腫瘤は歯茎と臼歯を巻き込んでいたため臼歯ごと摘出いたしました。
こういった腫瘤の場合には病理検査に出すのですが、結果が返ってくるまでとても気になるものです。病理医から帰ってきた結果は、「好酸球性肉芽腫」、腫瘍ではありませんでした。
冒頭で触れた、猫でよく見られる好酸球性肉芽腫(症候群)は、何らかのアレルギーなどによる好酸球が引き起こす炎症です。猫では慢性再発性の皮膚病として、または唇粘膜や口腔内に起こりますが、口の中では無痛性潰瘍と呼ばれる、粘膜や唇に潰瘍(かいよう)病変を形成することが多く、このように腫瘤を形成することはあまりありません。
好酸球性の肉芽腫のなかには非常に難治性のものが存在します。
これはよく見られる好酸球性肉芽腫(症候群)とはやや異なる病気として生じるものであろうと考えられます。こういったものは消化管内に発生することがあったり血液中に好酸球が大量に見られたりすることもあり、好酸球性肉芽腫の腫瘤を形成するようなものでは生活の質を極端に下げたり、時には生命に影響を及ぼすものまであります。
経験上では回盲部(小腸、盲腸、大腸にまたがるエリア)に同じような腫瘤性の病変が生じて腸閉塞を起こし、緊急手術になるような「好酸球性肉芽腫」もありました。こうした好酸球が絡む肉芽腫は好酸球性肉芽腫症候群を一部に含む形で存在し、猫では多種多様な病気を引き起こします。
当院のコラムに、さらに別なかたちの特殊な好酸球性の肉芽腫の一種をつくる「消化管好酸球性硬化性繊維増殖症」と呼ばれる猫の病気の紹介がありますので、ご興味のある方は是非ご覧になってください。
>>>猫のGEFS(消化管好酸球性硬化性繊維増殖症)について
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【ケース2】 「化膿性肉芽腫」が原因であった口の痛み
上記と同じような経過の肉芽腫の例を以下にお示しいたします。こちらも高齢猫でのケースで食欲低下や、口の痛みを伴いながら徐々に大きくなってきた左口角の腫瘤です。同様に抗生物質とステロイド系、非ステロイド系の消炎薬のいずれの治療にも非常に抵抗性で、薬による治療では解決ができなかった例です。
内科療法では解決できませんでしたので、外科的に摘出して病理検査を実施いたしました。病理検査の結果は「化膿性肉芽腫」でした。
この化膿性肉芽腫は損傷を受けた組織が治癒する過程で生じた組織などで形づくられたカタマリで、組織的には損傷と修復の繰り返しによる何らかの刺激により生じたと思われる病変でした。
実はこの猫ちゃんは日頃から歯ぎしりが多く、口角の粘膜を噛んでしまうという癖がありました。この肉芽腫はこういった「繰り返す強い外傷性の刺激」が原因となっているのでしょう。
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【ケース3】 「線状肉芽腫」が原因であった口の痛み
「口が痛そうで、ヨダレがとまらない。食事も満足にとれない」という中高齢猫です。一見して口内炎や歯周病はもちろん、腫瘤などのカタマリをつくるような、よくみられる「かたち」の病変ではありません。
一般的なステロイド系抗炎症や抗生物質、鎮痛薬など一般的な薬物による内科的治療では薬を内服している間はある程度よいのですが、中断するとすぐに再発します。病変が広がっていくような様子はないものの、薬物にはこの病変を縮小させる効果はないようです。
写真は左下が横から、右が正面像です。舌の左側に「硬い組織」が付着しています。右の写真ではその病変が喉へ向かって広がっているのが見えるでしょうか?正常な粘膜がこの硬い組織によって置き換わってしまっているように見えます。
治療方針を立てるために麻酔下で病変部分の一部を切り取る生検を行いました。この病変は舌から喉に広がって粘膜を置き換えてしまっており、摘出することも困難でした。病理検査の結果は「線状肉芽腫」、原因の分からない治療の難しい口の中の肉芽腫のひとつです。
こういった外科的な摘出ができない肉芽腫は薬物による内科治療に頼らざるを得ません。プレドニゾロン、デキサメタゾンなどの副腎皮質ステロイド製剤やシクロスポリンなどの免疫抑制剤、鎮痛薬や、二次感染を防ぐための抗生物質などを用いますが、薬による病気のコントロールが非常に難しい例も多くみられます。
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まとめ。。。
猫の口に痛みを起こす原因として、口内炎や歯肉炎、歯周病などのよくみられるものから、今回ご紹介したようなやや珍しいものに至るまで様々な病気が発生します。
「食事や水の容器の前に立ちすくむ」、「食後に口を気にしたり」、「食事量が減る」とともに「口臭がひどくなったり」、「ヨダレが増えてきたリ」、「歯ぎしりをする」など、口の痛みの症状はどういった理由であれ、共通にみられる症状がみられます。。
猫は、ご存知の通り痛みや不快感を日常生活の表面に出しにくい動物です。飼い主さんの目に症状が明らかになった時には病状がかなり進んでしまっていることも多いもので、特に採食に影響する病気では、初診の時点でかなり痩せて脱水して体力が奪われてしまっていることもしばしばです。
月並みなアドバイスで恐縮ですが、早期発見のために、少しでもおかしいなと思った時には動物病院へご相談されることをお勧めいたします。
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文責:あいむ動物病院西船橋
井田 龍